【「茜色に焼かれる」評論】正真正銘のコロナ禍映画 石井裕也の怒りと祈り、尾野真千子が入魂の代弁

2021年5月14日 21:00


尾野真千子4年ぶりの主演作
尾野真千子4年ぶりの主演作

これは、現代の日本に真っ向から対峙した石井裕也監督が描く、怒りと祈りの映画だ。その代弁者となるのが、地道にキャリアを構築してきた演技派・尾野真千子。初タッグのふたりだが、石井監督にとっても、尾野にとっても自身のキャリアの代表作になったと謳うべき作品となった。

新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、新作映画の製作は軒並み延期・中止を余儀なくされてきた。その間、世相が滲み出てくる作品は幾つか公開されてきたが、今作はこの時期に撮ることに大きな意義を見出し、感染予防対策を講じながら覚悟を決めて製作された正真正銘のコロナ禍映画といえる。

映画のフックとなっているのは、19年4月に高齢者の運転する乗用車が暴走し、計11人を死傷させた「東池袋自動車暴走死傷事故」。尾野扮する37歳の主人公・田中良子は、理不尽な交通事故で夫を失ってから7年間、中学生になる息子を育ててきたが、コロナの影響で経営していた小さなカフェは破綻し、スーパーの花屋で働きながら風俗の仕事を掛け持ちすることで生活費を稼いでいる。

この良子の設定が、救いがなさすぎて観ている側の心が折れそうになる。夫を死に至らしめた加害者側から支払われるはずの賠償金は「謝罪の言葉が一言もなかった」ことを理由に受け取りを拒否。しかし、脳梗塞で体が不自由になった義父の老人ホーム入居費(16万5000円)は毎月の固定費として待ったなしの状態で、さらに亡き夫が別の女性とのあいだにつくった娘の養育費(7万円)まで面倒を見ており、良子の心情にフォーカスを当てようにも理解が追い付かない。

それでも、良子は最愛の息子の成長を生き甲斐に、どこまでも明るく振舞い、諦念というものが感じられない。石井監督は、自身の年齢と同じ37歳で他界した自らの母親への思いを良子に重ねることで、社会に対する怒り、切なる祈りも全て内包してみせた。そして疲弊しながら遮二無二生きる人々へのギフトとして、代弁者たる尾野と共にとびきり生命力に溢れたオリジナルストーリーを送り出すことに成功した。

これまでシニカルな描写をちりばめながら、いつだって温もりを忘れずに作品を発表し続けてきた石井監督にとっても、味わったことのない手応えを感じているのではないだろうか。最終盤、不意にやってくる展開に面食らいながらも尾野の生き生きとした表情に救われ、わずかばかりだが良子の心情が腑に落ちてくる。映画を作るという行為に対し、誠実でい続けた比類なき才能が奏でる人間賛歌は必見である。

(大塚史貴)

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