ウィレム・デフォー×ジュリアン・シュナーベル ゴッホの映画をアーティストが作るということ

2019年11月9日 08:00


30年来の付き合いだというウィレム・デフォー(右)とジュリアン・シュナーベル
30年来の付き合いだというウィレム・デフォー(右)とジュリアン・シュナーベル

バスキア」「潜水服は蝶の夢を見る」など映画監督としても活躍する、現代美術家のジュリアン・シュナーベルが、ウィレム・デフォー主演で画家フィンセント・ファン・ゴッホを描いた最新作「永遠の門 ゴッホの見た未来」が公開された。シュナーベルはゴッホの視点で世界を見つめ、デフォーが渾身の演技で、当時、一流の画家として認められなかった苦悩と、自身の信念の中で生きたゴッホの精神に迫り、第75回ベネチア国際映画祭で男優賞を受賞した。来日したシュナーベル監督とデフォーが作品を語った。(取材・文/編集部 撮影/松蔭浩之

--生前に才能を認められなかったゴッホとは違い、画家としても映画監督としても成功されているあなたが、ゴッホを題材にした映画を作られた理由を教えてください。

シュナーベル 私は画家としても映画監督としても成功していると言われますが、何をもって成功と言うのでしょうか。本当の成功は、自分の作った作品の質によるのではないかと思います。私にとって芸術と人生は表裏一体。アド・ラインハートという画家の言葉を引用すると「芸術があって、あとはそれ以外」ということなのです。ゴッホがかつて描いた絵が、今、生きている私たちの中で息づいています。

ウィレムもアーティストですし、彼は俳優として、演技という芸術活動を行っています。ですから、ふたりでこの映画という芸術作品を作りました。芸術は時間と一緒に機能していくもの。この映画のタイトルは「永遠の門」です。私たちはこの映画とともに永遠に参加したのです。皆、いつの日か人間としての命は消えますが、映画は記録された作品として残り、彼の画家としての感情はずっと続いていくのです。

この芸術作品――映画は、ウィレムがいなければできませんでした。彼が参加し、高みに持って行ったことに、ゴッホは大きな笑みを浮かべるに違いないでしょう。ゴッホについての映画はたくさんあり、それぞれ違う視点から作られています。しかし、このウィレム・デフォー版のゴッホは、比類のない素晴らしいものだと思います。今回彼と一緒にこの映画を作り、完成したことを光栄に思っています。

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--これまで様々なゴッホの映画が作られていますが、あなたのこの作品は、主に彼の精神、そして聖性のようなものにフォーカスされています。

シュナーベル 例えば、黒澤明監督の「」では、ゴッホの絵をまずイメージとして取り入れ、そこにキャラクターを置くというアイディアを使っています。マーティン・スコセッシが演じたゴッホは賢く描かれていますが、ゴッホの内面に入ろうとしているとは思えません。私は、ゴッホは気が狂ってはおらず、自殺したとも考えていません。繊細で、他人と上手に付き合うことができなかっただけです。リサーチからもそう思います。私たちは純粋に彼の作品にのみ呼応して作りました。そして実際、ゴッホ自身、キリストと同化していた部分があるのです。

--映画史に残る数々の傑作に出演されていますが、今作は新たな記念碑的な一本になったのではないでしょうか。30年前にマーティン・スコセッシ監督の「最後の誘惑」でキリストも演じられています。ゴッホという、ある意味神格化されたような人物を演じるにあたっての役作りについて教えてください。

デフォー アーティストについての作品をアーティストが作る。そういった作品の鍵となるアプローチは自分がいかに経験し、学び取れるのかということ。今回特別だったのは、ジュリアンが僕に絵を描くことを教えてくれたことです。絵を描くことで、ものの見方のシフトができて、それがものすごく本質的なことだとわかりました。

対象を見る、絵を描くというのはそのテクニックのことだけを指すのではなく、生き方、自然と共に生きるのはどういうことなのかということでもあり、そこで何かを見ることによって、何かが作られていく。そういった物事の栄枯盛衰はゴッホが手紙に書いたことでもあり、役者にとって実用的な側面として、私自身を変えました。物語の中に自分を置き、全ての過程でそれが影響してきたのです。

シュナーベル 彼の言葉に付け加えさせてください。彼が言う、役へのアプローチは事実ですが、一言で言うと“神秘”、説明できないものなのです。彼がその場に行って、そこで感じたもの、どういうプロセスを経たのか、ひとつひとつ名前をつけると、それは宗教かもしれませんし、狂気といったものになるのかもしれません。

私は彼のことを30年知っていますが、彼は自分がわかっていること、わかっていないことをいったん全て自分の中に取り入れて、キャラクターにします。そして、カメラの前に立った彼は私の知らない人物になっている。これまでの人生に何があったか知りませんが、それが出てきて、神秘としか言いようがないのです。

ゴッホの絵も同じことが言えます。もちろん描かれた花、筆致、ガッシュ、色…と様々な要素にそれぞれ名前をつけることができますが、それをひとつにすると、説明のできない、論理のない物になる。それが神秘であり、魔法です。そして、その魔法がどのようにしてできるのかは、はっきりした答えがないのです。この人生のなかで、数少ない純粋さを貫いているものがそこにはあるのです。「芸術があり、あとはそれ以外」なのです。

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--デフォーさんにとって、映画監督としてのシュナーベルさんとの仕事についてお聞かせください。

デフォー ゴッホは絵が自分自身であるというのですが、私にとっても、この作品がジュリアンと私、そしてゴッホであり、切り分けることができないのです。それは、何かを守りたいということではなく、真実だからです。もしかしたら、それはお互いを知っているからかもしれないし、お互いに作りたいという欲望がマッチした結果かもしれません。あるいは、ロケでのふたりの感覚であったり、何かを探そうとするふたりの思いが合致したのかもしれません。共に経験し、共に動きながら、見つけていくという中で生まれた作品なのです。

まず最初に企画があり、それを形にしていく映画があります。しかし、これはそうではなくて、もちろん強い脚本や視覚的なアイディア、独特な撮影法もありますが、全てはロケ地に立って、そこで動く事象、光を見たり、絵を描いたりすることでした。これはゴッホの手紙から借りたやり方でもありますが、自然とやり取りする中で、生まれてくる錬金術のようなものでした。全ての映画はこのように作られているわけではありませんが、ジュリアンは何かを見つける、見出すことについて作品作りをしていく中で研鑚を積んでいます。制作過程で真実とは何かを見つけていく、今回はそのように作られた作品です。

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--おふたりは30年来の付き合いだそうですね。どのような部分がお互い共鳴しているのでしょうか。

デフォー 僕はジュリアンと一緒にいるのが好きです。刺激を受けますし、いつも挑戦をしているし、心が広くて、そこにあるものと相対することがとても上手な方です。彼は今の生を生きることに長けているんです。そういう意味で素晴らしい師でもあります。

シュナーベル 私の母がこう言いました、「友人とは、自分のことを全部わかっている人。だけど、それでも好いてくれる人が友人」だと。一緒に仕事をする上では、信頼でき、何かを学べ、自分が考えないことを考えてくれる人。作者であるということで、自分を守らずオープンであることが大事です。彼は、脚本を読んで、何か違うなと思ったら、「このキャラクターはこういう風に言うかな?」と提案し、どういう感情を出したいのかを言ってくれる。そこには、信頼があり、協力しようという気持ちがあると思います。そして彼は、そういったことを他の監督にも言える人なのです。自分の役割だけでなく、映画全体を通してのメッセージとして、どのようにしたら良いのかを考えてくれる人。そういう意味では、真の協力者であり、無私の人。俳優はエゴイストが多いので、彼は珍しいタイプです。他の役者を助けるという意味でも、まれな役者。信頼はとても大事です。

時々、私たちは一体何をしているんだろう、と思うこともあったんです。しかし未知の部分に進んでいるということだけはわかっていました。私の理論はとりあえず穴に飛び込む、そして一日で這い上がれたら、今日一日分の仕事は終わった、と考えるのです。

デフォー 私も信頼がなければ未知の場所に足を運ぼうとは思いません。そういったことなしに何かを発見するということには至らないのです。

シュナーベル この映画を撮影したのは2年前です。今回ふたりで日本に来たのは、仕事ではなく、この作品を愛の結晶として考えているからです。お互いを尊重し、ゴッホに敬意を表する意味でもあるのです。この言葉は適切ではないかもしれませんが、面白いと思うのです。ゴッホは日本の絵画に興味を抱いていました。19世紀末のフランスで人気を博し、VOGUEの表紙に載っていた浮世絵を、当時無名のゴッホが模写していた。ですので、ゴッホについての映画を作った私が、今ここで取材を受けていると知ったら、彼はとても驚くのではないでしょうか。

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