柄本佑&瀧内公美、ふたりだけで挑んだ極限の愛 荒井晴彦監督作「火口のふたり」

2019年8月25日 11:00


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直木賞作家・白石一文氏の小説を、「赫い髪の女」(79)、「Wの悲劇」(84)、「大鹿村騒動記」(11)など、日本映画史に残る傑作を生み出した名脚本家として知られる荒井晴彦が映画化した監督第3作「火口のふたり」。R18+指定で、男と女の極限の愛を描き出す。巷で表現の規制が話題になる昨今、本作はどのような波紋を呼ぶのか…。主演の柄本佑瀧内公美が、荒井監督とともに、撮影時のエピソードや荒井監督ならではの演出術について語った。(取材・文/編集部 撮影/松蔭浩之

--今回、白石一文さんの小説を映画化されようと思った理由を教えてください。

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荒井 登場人物がふたりだけで、あまりお金が掛かりそうもない。そして、震災から2年たたないのに大きな自然災害を予告するような小説だった。噴火、地震、豪雨や災害が続いていたので、早く撮りたいと焦ってましたね。

--荒井さんにとって、震災を扱った作品は初めてですね。

荒井 そうですね、「絆」と声高に言うのも、聞くのもあまり好きではないから。震災ネタって、結局どういうアプローチをしても当事者にはなれない。だから、違うアプローチができればと。被害者がいて、いい人がいて…みたいな話が多いけど、絶対悪い人だっているわけじゃない。実際泥棒がいたり、人がいなくなってるから。そういうのであれば、やりたいなと思っていたけどね。東電から賠償金をだましてとった詐欺の記事を読んだけど、そういうの、いいと思う。戦争モノも震災モノも、被害だけ描いて。誰が悪くてこうなったんだというのが無い。原発事故は人災でしょ。政官財の原子力ムラをやっつけるような映画がなぜ作られないのか。昔は「原子力戦争 Lost Love」とか「人魚伝説」とかあったのに。

--そうやって避けようと思っていた題材を敢えて選ばれたのは?

荒井 男と女がやってるだけの話だなあ、と思っていたら、最後にああいう展開になったので、おお、これが待っているのか、と。それが面白かった。瀧内は「彼女の人生は間違いじゃない」(震災後の福島に暮らす人々を描いた、廣木隆一監督作)から変化したよね。

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瀧内 やっぱり、背負っているものが違うからです。荒井さんが震災の当事者にはなれない、と仰いましたが、本当にそうで。「彼女の~」は当事者の役。現状とはかけ離れた本当に嘘をついている役だったので難しかったけれど、今回は震災に対して自分自身と同じように感じているから気持ちが入りやすかったです。あとは荒井組の方たちが思いやりのある方ばかりで、私のために女性スタッフが多かったですし、写真を撮ってくださった野村(佐紀子)さんも女性でした。なにより荒井さんが一番優しかったです。私に伝えたいことを、伝えられなくて、佑さんに伝言してくることもありましたが(笑)。

柄本 あれは初日でしたね。荒井さんが(カメラマンの)川上皓市さんと話して、裸体の撮り方について考えてることを、瀧内に伝えるのが本当に下手で。瀧内が「そのシーンはどういう意味ですか?」って返したら、おどおどしちゃって。

荒井 佑に、「本当に女の人口説くの下手ですよね…」って言われてね。

瀧内 荒井さんって、絶対脚本を変えない、書いてある通りに演じるということが基本だったので。その荒井さんが、(変更を)言い出すって、どういうことかなって思ったんです。

荒井 俺が思いついたんじゃなくて、川上が思いついたことだから…。俺がヘアを見たいと思われたらイヤだなって。

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柄本 川上さんの提案だけど、やっぱりそれを自分が撮りたいという風に伝えないとダメですよ、と僕がアドバイスしたんですよね。そしたら、荒井さん、あ、そうか…って。でも、そういう、気遣いのある、とてもいい現場でした。

あとは最初の日に、僕と瀧内がふたりで歩いているシーンで、荒井さんは「今、瀧内の歩き方変じゃなかったか?」って。俺が「わかんないっすね」って返したら、「佑、これ、やった後、ふたりで外を歩いているところだから、もうちょっと世を忍んでいる感じを出してくれ。瀧内の歩き方が変だから、佑、ちょっと言ってくれ」って。

荒井 あれは、瀧内の狙いだったんだよね、やりすぎた後っていう。

瀧内 そう、私は、そんな感じでふらふら歩くのもいいかなと思ったんです。でも、荒井さん、顔が真っ赤になられてて…。

荒井 実は、「Wの悲劇」の時のトラウマがあって。マキノ雅弘の演出って、カタチで行くので、(マキノ監督に師事した)澤井信一郎監督が、薬師丸ひろ子が処女を喪失した朝の歩き方で、脚の間に棒を一本挟んだように歩けと。それに僕は、違和感を持ったんです。澤井さんはカタチ派だけど、俺や相米(慎二)や根岸(吉太郎)たちは、カタチではなく、映らないものを追求していたから。だから歩き方で、その件を思い出したんです。

瀧内 そうですね、説明的になってしまいますものね。

柄本 なるほど。

荒井 最近はそういう演出をする人が逆にいなくなったから、(安藤)サクラなんかはそういう人とやりたい、って言ってたな。

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柄本 それは、確かに。僕も、荒井さんの仰っていた、映らないから気持ちは書いちゃいけない、そういったことを勉強というか経験したいですね。最近の作品って、脚本に気持ちが書いてあったりするんです。○○役で、セリフのところに(悲しい)とか。そういう作品が多いから、荒井さんのやり方での勉強をしておけば、具体的に水を飲んでみようとか、そういった効果が生まれたり、明らかに形を知りたくなるっていう。そこで特別な脚本の書き方があったりもするのでしょうか?

荒井 悲しいから泣くとかっていう、そういう当たりまえの気持ちを書くことは、字の無駄だろうって。芝居も含めてね。面白いから笑うとか、悲しいから泣くとかでないところで、何かを探していかなきゃいけないと思う。悲しくて笑った、というト書きはありだと思うけど、その気持ちと芝居、俺は、演じる人に任せたいと思うのよ。

柄本 荒井さんは任せてくれますよね。全部。

--性愛描写のシーンが多く、ロマンポルノを知らない世代がこの映画を見たら、もしかしたらちょっと面食らってしまうのかな? とも思いました。例えば、昨年柄本佑さんが主演した「きみの鳥はうたえる」のような、若者の男女関係の描かれ方とは全く異なるテイストの作品です。

柄本 ベッドシーンと同じ比重で、寝ているシーンや食事しているシーンもあるんです。確かに、R18+ということにはなってますけど、突出してベッドシーンが…ということではないのかなと思います。僕は18歳超えてから、ピンク映画やロマンポルノをたくさん見ていたので、その影響で麻痺しているのかもしれませんが。「きみの鳥はうたえる」の話が出ましたけど、若々しさということを考えると、こっちのシンプルさの方が、若々しいのかなと。みずみずしさとは違うのかもしれないけれど。アクションとして、セックスして、ご飯をもりもり食べて、たくさん寝て…そういった意味で、若々しい作品だと感じていただけるのでは。

瀧内 知人の二十歳の女の子に見てもらったら「高校生の頃好きだった男の子に会いたくなりました」っていう感想をもらいました。どの世代でも、忘れられない恋人がいた人には、響く作品なんだなと思いましたし。一方で、年配の方は、新たな「赫い髪の女」続編のようだと思った、帰ってきたロマンポルノだと仰ってくださって。そんな感じで、世代によっていろんな風に見られる作品なのかな。

--今年の恋愛映画で話題の「愛がなんだ」はご覧になりましたか?

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荒井 見てないよ。「愛がなんだ」に勝ちたいね。「愛がなんだ」がなんだ! って。

柄本 すごいヒットしているみたいですね。ロングランで。

--「火口のふたり」も、愛を描いた映画でしょうか?

柄本 言葉では言っていないけれど、確かにふたりの愛を描いた映画だと思います。最後の局面に立って、ああいう結論に至るっていう…それは、明らかに愛の形ですよね。

荒井 うん。でも、この作品には「愛」なんて言葉は出てこない。長い脚本家生活で「愛」って言葉を書いたことないですね。

柄本 「愛してる」もですか?

荒井 うん、何かつけてる。「今だけ」とか。愛って日本語じゃないでしょ。「好き」は使うけど。「愛してる」は多分言ったことないんじゃないかな。

--きわどい表現を規制していくような、昨今の風潮について荒井さんはどう思われますか?

荒井 そういう風に規制して隠すことが、差別につながっていると思う。僕がピンク映画とか、ロマンポルノやっていたこともあるけれど、それも差別されていた。人間って、昼間もあるけれど夜もある。昼だけ描く、そういうのっておかしいな、僕はむしろダークサイドを描くことが人間を描くことだと思っています。あいちトリエンナーレの「表現の不自由展、その後」の中止もそうだけど、見たくない人は見なければいいので、見たい人に見せないというのはよくないですよね。

柄本 あと、日本は、脱ぐということに対して、すごくハードルが高いですよね。

--そんな風潮の中、瀧内さんは、ヌードになることに抵抗や躊躇はありませんでしたか?

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瀧内 躊躇がないと言い切るのは、嘘になりますけど、ないですね。作品として、表現の上でなぜ、濡れ場が必要かと明確にわかればやります。でも、脚本を読む前から、脱ぐ作品でお願いします、と言われたら、それはやりません。それだと、単に私が脱いでくれる人になったという解釈しかできないから。たまたまヌードになる作品が続いているので、「もう脱がない方がいいんじゃない」って言われたことがあります。しかも、映画を作っている人たちに。その言葉には、すごく傷つきました。そんな悲しい思いをすることも、ありましたけど、今回はきちんと本を渡してくださって、それを読んで、自分で判断してやらせてもらったので、この作品で脱ぐことには全く抵抗はなかったです。

--今回、荒井さんの作品に出ておふたりはどんなことを学ばれましたか?

瀧内 やっぱり、荒井さんの脚本、言葉を口にできるのがうれしいことでしたし、どういうことをやればいいか、そのプロセスがしっかり書かれているのでやりやすかったです。あとは、少人数だったので、皆さんと密な関係を作れて、ふたりでしっかりお芝居をするということができたのが私の中ではとても大きな経験になりました。楽しかったですし、もう一回やりたいな、って思うくらい大事な作品です。

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柄本 僕は、荒井さんの脚本の作品に出るのが長年の夢でした。でも、荒井さんのこと、5歳から知っているから、現場は恥ずかしいなって思っていました。昔から知ってくれている安心感と、荒井組の作品に出られる緊張感がある不思議な感覚です。ひとつの夢がかなった感じ。僕の中ではメモリアルな作品になりました。

--荒井さんは、今後若手の俳優たちに何かを残していかなければ、といった使命感のようなものはありますか?

荒井 ぜんぜんないですよ。そういうことより、今回は俺が助けられてる感じだった。佑は子供のころから知っていて、役者と監督としてというのは初めてだったけれど、自然にできましたね。な感じで役者と監督という役になれましたね。飲み込みが早くて、ほとんど現場が滞るようなことはなかったですね。

大島渚とか今村昌平も言ってるんだけど、映画って脚本ができたら60パーセント、キャスティングで30パーセント、もう、ほとんどそこで映画はできたようなものだと。現場でやることは残りの10パーセントだと。でも、今回は現場のパーセンテージが多かったような気がする。脚本原理主義とか全身脚本家とか言われてきて、脚本さえよければ映画はよくなると思っていたけど、「火口のふたり」は佑と瀧内を誉める人が多い。青山真治から「70過ぎた高齢者にこんな若い映画を作られて悔しさしか感じません。ど傑作でした」とメールが来て、「本当?」と返したら、「嘘もソンタクもありませんが、佑がいれば百人力かよとは思いました」って。その通りだなと。佑と瀧内で二百人力でした。

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