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◆2019/4/27更新
【佐々木俊尚コラム:ドキュメンタリーの時代】「カンパイ!日本酒に恋した女たち」
東京・恵比寿の日本酒バー「GEM by moto」の千葉麻里絵さん
  日本酒というお酒の持つ意味が大きく変わってきている。本作では東京・恵比寿の日本酒バー「GEM by moto」で、主要登場人物のひとりである千葉麻里絵さんがお客さんににごり酒を勧めつつ、ハムカツを出すシーンがある。以前の感覚なら「揚げ物に日本酒?」と首をかしげる人もいるだろう。

  私は以前、「獺祭」で有名な旭酒造の桜井博志さんと対談したことがある。そのときに印象に残った桜井さんのことばに「日本酒はたいていの料理と合うんですよ。ただ味の濃いものとだけは合わない」というのがある。若者向けの居酒屋ではあまり日本酒が飲まれず、サワーやハイボールがよく出るのは、その方が濃い味と合うからだという。

  この話を聞いてから日本酒と料理のマッチングをいろいろ試してみるようになった。たとえばピッツァはどうか。そんなものが日本酒に合うはずがないと思う人が大半だろうが、生地から手作りして軽くまとめ、チーズをモッツァレラだけにおさえ、生トマトですっきり仕上げて焼き上げると、驚くばかりに日本酒とマッチする。

  調味しすぎず、食材の味を大事にした料理なら日本酒はたいてい大丈夫なのだ。日本酒というのは凄い酒で、このポイントだけを押さえておけばたいていの食材と合う。イクラやカズノコのような魚卵と日本酒はとても合うが、これをワインと合わせようとするとかなり難しい。白ワインでも魚卵と一緒に楽しめるものは少ないのだ。

  いっぽうで、日本酒は飲まれなくなったと言われている。たとえば国内の出荷量を見ると、ピークの1973年には170万キロリットルもあったのに、2017年には53万3000キロリットルしかない。3分の1になってしまったのだ。

  でもこれは、日本酒の飲まれ方が大きく変わったからだ。70年代はまだ三増酒(三倍増醸清酒)と呼ばれる質が悪く甘ったるい日本酒の全盛期で、この安酒をひたすら大量に飲みまくる時代だった。本作に登場する雑誌「dancyu」の元副編集長、神吉佳奈子さんは「以前はお酒はうさを晴らすためのものという考え方があった」と指摘し、雑誌の編集会議で日本酒に合うつまみの特集企画を提出したら、「日本酒に合うつまみなんて、塩以外にあるのか」と古い編集者に言われたという話を披露している。

  藤山一郎が歌った1931年の「酒は涙か溜息か」や1976年の河島英五「酒と泪と男と女」など、憂さ晴らしとしての酒という文化は、安い酒の大量消費とともにあった。それはひとつの素晴らしい伝統でもあったのだが、日本酒は近年はそういう文化から脱却し、ワインのような「食事とともにある酒」の立ち位置を獲得しつつある。ちなみに「憂さ晴らしの酒」文化は、日本酒ではなくストロングゼロのような安価な高濃度チューハイに引き継がれているのかもしれない。

  そういう日本酒の新しい受容を担う一群の料理人やソムリエ、杜氏たちが現れてきている。本作では前出の日本酒バー店長、千葉麻里絵さんと広島で銘酒「富久長」をつくる杜氏今田美穂さん、ニュージーランド出身の日本酒コンサルタント、レベッカ・ウィルソンライさんという3人の女性を軸にして、その新たな世界を描いている。

  3人は本当に清々しいほどにまで日本酒にのめり込み、日本酒の仕事に取り組んでいて、映像を観ているだけでほれぼれしてしまうほどだ。それはことさらに女性だからということではなく、仕事に打ち込んでいる職人気質の人たちのたたずまいに惚れてしまうのと同じ感覚だ。

  派手な活躍をしているわけでもなく、ドラマチックな展開があるのでもなく、しかし目の前の仕事にしっかりと向き合い、一歩一歩を進んでいく。そういう「仕事人」の人生に私たちが惹かれるのは、未来に希望を持ちにくい状況にあって日常の持続の大切さがいっそう際立ってきている時代に私たちが生きているからかもしれない。同時代を生き、さまざまな場で働く「同士」への共感みたいなものが、本作には立ち込めている。

  「カンパイ!日本酒に恋した女たち」は、4月27日よりYEBISU GARDEN CINEMAほか全国で順次公開。

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