「カランコエの花」中川駿監督、“カメ止め”がインディーズの道をひらいてくれた

2018年11月27日 13:00


取材に応じた中川駿監督
取材に応じた中川駿監督

[映画.com ニュース] LGBTをテーマにした39分の短編映画「カランコエの花」が1週間限定公開から全国15館に拡大している。映画は2017年、LGBT映画の祭典「第26回レインボー・リール東京」のグランプリをはじめ、国内13冠を達成。上田慎一郎監督の「カメラを止めるな!」のようにSNSで口コミが広がった。映画学校「ニューシネマワークショップ(NCW)」出身の31歳のフリーディレクター、中川駿監督は「『カメ止め』がインディーズの道をひらいてくれた。僕たちも短編のジャンルで可能性を広げられたら」と話した。(取材・文・撮影/平辻哲也)

カランコエの花」はある地方都市の高校で、突然、LGBTの特別授業が行われたことから、高校生たちが「クラスの中にLGBTがいるのではないか」と騒ぎ、動揺が広がる……というストーリー。冒頭の吹奏楽のシーンから引き込まれ、夏休み前の数日間、揺れ動く高校生たちの心情を手持ちカメラで捉える。LGBTの問題を当事者の目線で描くのではなく、周囲の戸惑い、潜在的な差別意識を浮き上がらせた点が秀逸で、“人を愛する気持ち”に違いはあるのかを深く考えさせる。エンドクレジットに涙を流した観客も多い。

当初は7月14日から東京・新宿のK's cinemaでの1週間限定公開だった。ところが、連日満席の大反響に。「もっと上映機会も設けないと……」と中川監督が動くと、映画祭の上映時から注目していた映画会社「スターダストピクチャーズ」が配給協力として参加。8月18日からアップリンク渋谷でのアンコール上映が決まり、全国にも拡大。12月14日にオープンするシネコン「アップリンク吉祥寺」での続映も決まった。短編映画は新人監督の通る道だが、映画館でここまで広がった例は希有だ。

「宣伝の予算が全くなかった中、作品の内容や趣旨に賛同してくださった方々のご協力で広がっています。アップリンクの編成の方からは『この作品は、見た人の人生を変える力がある』と上映を決めてくださった。LGBT当事者の方からご意見いただくことも多いですし、ストレートの方も賛同してくださった。リピーターも多く、20回見てくださった方もいます。皆さんには感謝しかないです」と中川監督は話す。

着想は2年以上前。「自分の中の潜在的な差別意識に気づかされる経験があって、LGBTを取り扱った映画を作ろうと仲間内で話したのが始まりでした。『題材がセンシティブだから、どういうふうに取り扱っていいのか分からないんだよね』と相談したら、『その考え方自体が差別的じゃないか』と言われたんです。僕自身はLGBT当事者の方に対して、寛容で理解があるつもりでいたんですけど、どこか距離を取っている自分に気づかされて、これは差別していることと何ら変わらないんだなと気付かされたんです」

主演の今田美桜ら出演者の大半はオーディションで決定。16年8月、茨城県立高校で4日間、都内で1日ロケした。「当時は劇場公開をまったく想定していなかったんです。インディーズで作品を撮っていると、お披露目の場は映画祭しかない。いろんな映画祭で求められているのは25分以内の作品。広く上映機会を設けたかったので、最初は25分以内を目指したのですが、丁寧に描くにはもっと時間が必要でした。必要最低限の時間にしたら、39分になったんです」と明かす。

題名の「カランコエの花」は「あなたを守る」という花言葉が由来。「作品を象徴するアイテムとして、ヒロインに赤いシュシュをつけたんです。最初は『赤い花』というタイトルだったんですけど、似たタイトルの別作品があることが分かって、変えようと思ったんです。赤いシュシュのシーンを撮ってしまっていたので、赤い花にまつわるものはないかと考えていたら、カランコエが見つかった。花言葉は過剰な配慮を描く作品の中身とマッチすると思い、その後に撮ったシーンに、カランコエの花言葉を言うシーンを加えて、作品に浸透させたんです」

中川監督が映画に目覚めたのは社会人になってから。87年、石川県生まれの31歳。大学で経済学を学び、卒業後にイベント制作会社に就職。1年半後にフリーのイベントディレクターとして独立。企業間の展示会、シンポジウムを手がけるうちに映像に興味を持ち、映画学校の「ニューシネマワークショップ」クリエーターコースで学んだ。

「映像の学校はどこも学費が高かったんです。ところが、NCWは1年間の通学で、40万円。安いと思ったんです。入ってから、映画の学校だったことに気づいたんです。そんな不純な動機だったんですが、入ってみると、映画が持つメディアとしての側面に魅せられました。何か情報、メッセージを伝えようとしたときに、2時間かけて丁寧にメッセージを伝えられる媒体って他にあるのか。それも、ストーリーを通して観客に疑似体験させ、メッセージを浸透させていくことができる。これ以上のメディアはないと思ったんです」

その後、短編から中編まで計4作を発表。「time」 (2014)は第12回NHKミニミニ映像大賞 120秒部門グランプリ、尊厳死を扱った初の長編「尊く厳かな死」(2015)は新人監督映画祭コンペティション・中編部門 準グランプリを受賞。「尊く厳かな死」は配信サイト「青山シアター」で見ることができる。

3作目に当たる「カランコエの花」の製作費120万円は自らが出した。「投資だと思っていましたね。作って見てもらうことに意味があると思っていたので、回収はまったく考えてなかったです。でも、映画祭の賞金だけでペイできたんです。ありがたかったですね」

興行収入30億円を突破した「カメ止め」との共通点も多い。国内の映画祭で注目され、インディーズ映画の聖地、K's cinemaで公開。公開中は監督、出演者が連日、舞台挨拶を実施し、その熱が観客にも伝播し、SNSでブレーク。映画会社の配給によって拡大公開という流れだ。「『カメ止め』がインディーズの道を開いてくれました。規模は全然違いますが、その道の後に僕たちが続いているんです。僕たちは短編の可能性みたいなものをちょっと広げられたらいいなと思っています」

好きな監督には「別離」「彼女が消えた浜辺」「セールスマン」で知られるイランのアスガー・ファルハディ監督と是枝裕和監督を挙げる。「是枝監督の『三度目の殺人』は素晴らしかった。演出の人間は、どこまでお客さんに分かりやすく、作るかの線引きをすごく考えるんです。分かりやすくし過ぎると、うるさくて野暮ったい、でもあまりに濁し過ぎると、伝わらない。『三度目の殺人』は本当に見事なところで線引きされていました。大変感銘を受けたので、是枝さんに続けるように頑張りたい」と意気込んだ。

カランコエの花」の宣伝、営業活動の合間に、次回作の準備もしている。劇場公開を前提にした長編映画という。「映画会社からのお話をいただき、僕の企画待ちです。僕は、自分の身に起きた出来事や自分と紐付けやすいものを題材にしています。『尊く厳かな死』は尊厳死がテーマですが、祖父がそういう亡くなり方をしたんです。『カランコエの花』を通じて、いろんな方とコミュニケーションを取る機会があって、僕が学んだり、気づいたことがたくさんあったので、マイノリティーだったり、多様性を描くような作品になると思います」と話していた。

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