ハンガリー映画界の鬼才がスタニスワフ・レム「天の声」を原作に描きたかったこと

2018年11月8日 14:00


VFXを駆使しアメリカ・カナダのロケを敢行
VFXを駆使しアメリカ・カナダのロケを敢行

[映画.com ニュース] 第31回東京国際映画祭のコンペティション部門に選出された「ヒズ・マスターズ・ヴォイス」は、ハンガリーに住む青年ペーテルは、謎めいた事故のドキュメンタリーのなかに、行方不明の父の姿をみて、アメリカに捜索の旅に出かける。その旅は次第に宇宙へと繋がり、人類の存在を考察するものとなる。豊かなイマジネーションを誇るハンガリー映画界の鬼才パールフィ・ジョルジが、VFXを駆使、アメリカ・カナダのロケも敢行してSF小説の巨星スタニスワフ・レムの「天の声」をもとに紡ぎだす。奇想に富んだエンタテインメントだ。

--スタニスワフ・レムの「天の声」を原作にした理由からおうかがいします。

パールフィ・ジョルジ(以下、パールフィ監督):原作は、宇宙からの信号を解明しようとする科学プロジェクトの顛末のなかに、哲学、科学、動物学など、いろいろな知的要素が入っています。このフォーマットをもとに、どのように映画化すればいいのか、視点でどのようにまとめればいいのか苦労しましたね。

--確かに意欲的な構成ですね。

パールフィ監督:伝統的な映画手法から、一歩前進したかったのです。長編映画は一般的に90分ほどですが、その時間内に3つのスタイルを用いることにしました。ひとつはドキュメンタリーです。秘密のラボで40年前に行われていた研究とは何だったのか。事実より個人の視点に重きを置いた、オピニオンドキュメンタリーでマイケル・ムーアのスタイルです。もうひとつは伝統的な映画の手法の、息子ペーテルの父親探しの物語。3つめはSFで、科学と未来について描いています。これら3つの要素を同時に取り入れました。思いとしてはデジタル時代の終焉、クアンタム(量子)時代の到来を描いたつもりです。過去も現在も未来も同時に存在しているという発想です。

--そもそもなぜこの原作だったのですか?

パールフィ監督:とにかくレムが大好きで、実をいえばどの作品でもよかったのです。彼の作品はすべて読んでいて、彼の宇宙に対する視点を映像化したかった。記者会見でも述べましたが、この原作がいちばん安上がりに製作できるから選びました。主人公は現代に生きているので、撮影が容易に思ったのです。

--でも脚色は難しそうですよ。

パールフィ監督:確かに悩みました。原作は、ある数学教授のモノローグであり、結果の出ない研究の哲学的な考察だったからです。脚本家、監督としてはチャレンジで、この作品をどうやって映画化しようか、どうやって観客の興味を引けばいいのか悩みました。

--脚本家として、どうやってこのかたちに収斂したのですか?

ルットカイ・ジョーフィア(以下、ルットカイ):このストーリーに過去・現在・未来だけではなく、人間の意識・無意識・超意識、神などの要素を取り入れようとしました。社会や人類が変化の時を迎えている現在、私たちが失いつつあるものは何なのか、私たちの心の裡と外には何が存在しているのか。さらに地球と宇宙の関係、ミクロとマクロの関係も語るべきだと思ったのです。ただ、観客が理解しやすいストーリーにまとめるのは難しい。脚本がすごく長くなってしまい2時間分ほど詰めました(笑)。最後には理解しやすいものにするため、ペーテルというキャラクターのストーリーを中心に据えることしました。

画像2

--ペーテルが父を探しにアメリカをめぐる展開ですね。演じたポルガール・チャバさんはどんな感慨を抱かれましたか。

ポルガール・チャバ:どんな仕上がりになるのか楽しみでした。セリフを全部覚えて、オープンな気持ちで、起きたことを素直に受け止めるようにしていました。私も初のアメリカとカナダ旅行だったので、キャラクターと同じ気持ちでした。監督は柔軟性があって、あまり厳密ではないので撮影ではいろいろな可能性を試すことができました。「即興であと5分演じてみよう」といわれて、演じる。そういう姿勢が好きでした。

--監督にとってのアメリカ観が作品には込められているのでしょうか?

パールフィ監督:意識はしませんでしたが、自然と出ましたね。映画を作るにあたり、半分以上は英語にしようと決め、彼らが英語を話している状況が不自然にならないためのストーリーを考えました。ハンガリー人がアメリカに住む父親を探しに行く話なら、アメリカのライフスタイルやフィーリングが自然と映画に表れるのが当然ですから。

ルットカイ:距離感を描くことも重要でした。たとえば兄弟の距離、父親と息子の距離。地理的な距離だけでなく感情的な距離も重要です。それに東ヨーロッパとアメリカの距離。アメリカ人は鉄のカーテンの裏で何が起きていたか知りません。私たちの文化はアメリカ人にとっては少しSF的なところがありますよね。私たちはいわばエイリアンです。

--それにしても、冒頭と結末のビジュアル・インパクトは素晴らしいですね。この構成は最初から考えていたのですか。

パールフィ監督:冒頭と最後のインパクトというのは、最初から想定していた構成でした。そうすることによって、中間部はもっと自由に実験ができますからね。自分が感じていることを映画の中で表現したいだけです。自分が行動しているとき、同時に夢や想像力や過去や記憶などを抱えているでしょう。

--監督の頭の中を脚本化するのは大変ではないですか。

ルットカイ:20年も組んで、一緒に生活もしていますから彼の思考回路は把握しています。映画で最も重要なのは、これは普通のストーリーではないと観客に感じてもらうことでした。理解しなくても感じてもらえればいいのです。ジェットコースターや宇宙船に乗った気分ですべてを体験すればいい。理解できるかどうかは重要ではありません。

--アメリカロケを敢行されて、冒頭の特撮シーンでVFXなども使われていますが、製作費は大きかったのですか。

パールフィ監督:300万ドルという製作費はハンガリー映画としては安くありませんが、国際的に見ると大した製作費ではありません。ヨーロッパとカナダには共同制作の協定があるので、ハンガリーと同じくらいの費用で撮影が可能でした。VFXはハンガリーで作りましたが腕のいいスタッフに恵まれました。問題はお金だけではなく時間でした。2年かけて4、5人で作れば安く上がります。そのために2年かけました(笑)。

--これまででいちばん影響を受けた監督がいたら教えてください。

パールフィ監督:すべての監督です。どんな映画や監督からも学べることはあります。記者会見でも述べたように、日本のアニメからも影響を受けています。アニメのストーリーの伝え方からは学ぶものが多いです。とても脚本がよくて、ジェラシーを感じることすらあります。気に入っている作品は『鋼の錬金術師』です。

(取材/構成 稲田隆紀 日本映画ペンクラブ)

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