怪物のレビュー・感想・評価
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怪物=誰が作ったか分かりもしないような固定観念を土台とした同調圧力
「怪物だーれだ」というセリフが繰り返される印象的な予告編が印象的で、半年前から観ることを楽しみにしていました。
怪物は、一言にするなら「誰が作ったか分かりもしないような固定観念を土台とした同調圧力」でした。
・既存の体制保持のための無理筋な対応
・噂で動く田舎の凝り固まった人間関係
・家父長的考え方が社会に浸透しているせいで、暴力親にも認められる親権
・片親への偏見
・同性愛への偏見
・いじめ(映画ではいじめ主導者が教室の空気を支配)
自然や街の中を飛び回る子供たち、日本の小学校に通った人なら誰しも懐かしく感じそうな校舎(吹き抜けなど、モダンな構造でしたが)、なぜか安心してしまう廃列車、素晴らしい映像でした。
そして作品の中心的役回りとなっている子供の。常にポジティブな言葉に感動しました。
ラスト、列車は銀河鉄道になって宇宙に向かったんだと思いました。
怪物はどこにいる?
是枝監督って子供の自然な演技を引き出すのが
改めて上手だなと感心させられました。
この子役黒川想矢さん、柊木陽太さんは見事でした。
また、この映画の冒頭部分の輪郭を作った安藤サクラさんの存在感と迫力、
対照的に校長役の田中裕子さんが奥歯に物が詰まったような演技が絶妙でした。
役者陣だけでなくこの物語の脚本、構成も絶妙でした。
物悲しく優しい坂本龍一氏の音楽と諏訪湖の風景が
より心の内側に染み込んでくるようでした。
子供のいじめ。子供は残酷です。
私もいじめられたことがありました。
私の親友は同調圧力に負けて、私をいじめ、
私は裏切られた気持ちになりました。
映画のワンシーンにもありましたが見ていて
気が気でなかったですがこの二人の友情は
堅固だったようで、微笑ましかったです。
子供の世界って大人にはわからないなと
改めて思い知らされました。それに嘘もつくし。
その後はどうなったのでしょうか?
豪雨の中、廃電車(秘密基地)から抜け出した二人は
やがて野に放たれ、遠くに線路を見つけました。
それは希望の線路に見えましたが…
「怪物だーれだ」
不思議とこのフレーズ、予告編観て以来
毎日ひとりごとのようにつぶやいてます。
印象的で強いフレーズなんですよね。
怪物とは一人一人の心の奥底にあるもの。
だから答えも違うもの。
なのかもしれません。
メタファ
怪物とは誰のことなのか
そして
観客はいずれ気付く
人ではなく
認識違いの隠喩なんだと
隠喩がいくつかあり
ストーリーのキーに
豚の脳→特異なものの象徴
うまれかわり→現状の環境からの脱出
鏡文字→逆側への思い
三つの視点
母親、教師、子供
の三部構成により
同じシーンでの行動の意味が
徐々に明かに
大切なものを守るために
登場人物がそれぞれ
嘘をつき
まずいことには
沈黙で蓋をしてしまう
その守りたいものの代わりに
差し出すものが何なのか
順番は意見が別れると思いますが
最後の生贄は
本作では教師でした
友達 〉学校 〉いじめ 〉保利
本作で核心を得たのは、
前半、死んだ目をしていましたが
後半は血の通った言動をみせた
校長の言葉
「誰かじゃないとつかめないもの
ではなく、
誰にでもつかめるものが幸せ」
と。
人の根っこの部分に触れる作品で、
教科書にはのっていない
社会の機微に溢れた作品でした
起こっている現象の意味を
読み解く力や知りかたが
身についていれば
自分や周りの人が
少しでも不幸を回避できるのに。
といつも外野が後から…
「怪物だーれだ」認知の歪みによって、誰しもが怪物になりうる
シングルマザーの早織、担任の保利、星川、麦野の子ども達2人からの視点から徐々に謎が解き明かされていく。
本作が面白いのは早織の視点に立てば、生気が抜けたような校長や、普通では考えられないくらいのおかしな学校の対応。とにかく先生達が気持ち悪くて、腹立たしかった。
それが不思議なことに保利先生からの視点で見ると、早織がまるでモンスターペアレントのように映ってしまう。「なーんだ、保利先生、普通にいい人じゃん、可哀想」ってなってしまう(しかし、学校側の対応には憤りを感じる)。
始まったばかりのあの不気味な感じも、時間と共に少しずつ霧が晴れていく。
保利先生、校長先生がここまで違うのは、見る人の視点によって全く違うということを表現してのあえて誇張しての演出ではないだろうか。前半の保利や校長は早織にはそのように写っていたと。
それぞれのシーンがそれぞれの視点でこんなにも変わるのかと、その構成や演出に唸らされる。
その人の視点によって人は誰しも“怪物”になるし、“怪物”として他人から映ってしまうのだ。
そしてもう一つのテーマとして描かれているのはマイノリティ、同性愛。このテーマをついに子どもに持ってきたかと!!とはいえ、最近このテーマ扱い過ぎでお腹いっぱい感はあるけれど。
私が思う本作の1番の魅力は、一つの答えがないところ。
結局のところ放火犯だって、校長が孫をはねたことだって、作文の頭文字の言葉の続きも、星川くんのお父さんのことも、そしてラストの2人の行方も、答えはない。全て観る人の想像に委ねている。
余白を沢山作ってくれることで、私たちは沢山想像して、作品について考え、語り合うことができる。
それにしても、田中裕子の名演にはあっぱれだ。冒頭の不気味な顔や、音楽室で管楽器をレクチャーするシーンとかめちゃくちゃ痺れた。表情で語るとはまさにこのこと。
息を呑むほどの諏訪の景色も美しかった。
そしてエンディングで流れる坂本龍一さんの美しくドラマティックな音楽に涙が流れました。
巧みな演出にぐいぐい引き込まれた2時間だった。
怪物!?
観終わった後、「怪物!?」って首を傾げる。
それを題したのも、あえてのことかしらとも感じられた。
そもそも映画の内容に対して論ずることなのか!?という気持ちでいる。
と言うのも、今の日常を客観視でみたような感覚だから。
私自身の日常にも、映画の主となるテーマは違えど、コミュニケーションの掛け違いで受け取り方が異なり、思いもよなぬ方向に出来事が進む。
そのため、日頃の出来事とかさなり、自身もであり周りもであり、その要因を映画を通じて見えてきたように思えた。
どう普段の私生活に落とし込めるのか、、、。
物語に対する内容より、通じて日常の出来事に対して、ディスカッションすべきその取っ掛かりを感じた作品であったと思う。
最後に私にはまだ子供はいないが、映画の子役のような感情など芽生えたとき、私は子供の気持ちを解放させ、生きやすくその感情のままでいいのよ!って言ってあげられるのだろうか。問いかけが始まる。
実は構成に甘さを感じた
あそこまで教師を貶める理由があったのかな?
その教師は日記から何を読み取ったのかな?
飴をなめるのは前後とも、あの場での行動とも合わない。
カンヌで脚本賞を取った作品だけど、実は雰囲気で強引に押してるところがある。
ラストも何か結論からはぐらかしている気がする。
ホモセクシュアリティな感情と人間の幸せとは
この作品は、安藤さくらが単純に教師の子供への暴力(本当は暴力ではない)を、勇気凛々と解決していくストーリーと最初は思っていましたが、途中からその想像は見事に打ち砕かれました。結論を言ってしまえば、本当の主人公である2人の少年のホモセクシュアリティな感情が、嘘を誘発し、引き起こした人間模様だと私には思えました。いじめ問題をさまざまな視点から見ると、真実は全く違うのです。その不思議なストーリー展開は、脚本家の面目躍如なのでしょうか。物語が進行していくに従って、真実が全て明らかになっていくところは、まるで鮮やかな謎解きのようです。時間軸は何度も引き戻されて、これでもかこれでもかと真実を明らかにして行きます。つまり安藤さくらの正義も、永山瑛太の正義も、全て意味を持たなくなるほど昇華していくのです。怪物というテーマについても、出演者たち全てが怪物に見えましたが、最終的には怪物でもなんでもないのです。ただ、全員が縁起の法則によって絡み合い、感情をぶつけ合い、時には憎み合ったり、罵り合ったりしていますが、結局全ての事象はなんの意味もなく、ただ、それを見る人が、幸福だの不幸だのと判断しているに過ぎないということを、この作品では教えてくれている気がしました。ラストの、少年たちが走り回る姿は、青春の喜び、至高の喜びに満ちていましたが、これはどんな人の人生も、完璧なのだと示唆してくれているように思えました。
追記 田中裕子のセリフ。「誰もが手に入れられるものが本当の幸せ」。含蓄のある言葉です。
後半が残念
怪物はいなかった
是枝作品だから結局そうなるんだろうなと思ったけど。瑛太目線の中盤まではすごく面白かった。後半はダレてきて、なんとか小さい方の子役の演技力でもった感じ。
中村獅童がいい味だしてたからもっと掘り下げて欲しかったなー。こどもを虐待する理由が(自分は学歴もありエリートだったのに妻に逃げられ酒におぼれ、頼みの子供が同性愛者なのが許せないから?)もう少しほしかった。
個人的に、是枝作品の一番の怪物は「誰も知らない」のYOUだと思う。
追記
見終わったあとはこんな終わりか。という感じだったが、あとからチクチクと色々なシーンを思い出す。一度見なのに内容を鮮明に思い出せる作品になった。
怪物だーれだ?
登場してくる人たち、それぞれに思いや正義があって、怪物な芽も持っている。
本人の知りうる限りでは、普通なことも違うところからみたら、筋違いでしかないことも。
そんなあり得る日常を演じている俳優陣が素敵。
音楽やごく自然な風景もいい。
それぞれの人物のスクリーンには出てこなかった裏設定を考えると、怪物になってしまう原因もあると思ったり。
いろいろな視点で思ってみるという、鑑賞後の楽しみをいただきました。
だって人間だからね
観終えた後でもモヤッとした霧が晴れなかったのはヨリ君の父である中村獅童、ホリ先が自宅に行った際「あんた大学は?」と尋ね、自らを「前はXX不動産(?)だった」と語るプライド臭プンプンの男が自らの子供を「バケモノ」だと言い、妻は何処へ?そして玄関のチャイムはガムテで塞がれ、最後にはヨリ君はバスタブの中痣だらけでグッタリ、御本人は暴風雨の中路上で酒を煽る。うーん、子供のどこにバケモノを感じ、なぜ虐待に至ったのだろう?ここの描写はもう少し丁寧にしてほしかったな。
まあ、それはさておき作品全体を通じ「人間ってそうだよなぁ」と思わせる象徴は高畑充希さんの有り様だったと思います。優しい言葉をかけているようで実は不干渉、自分に嫌なことが及んできそうになれば逃げるに限る。
誰もがそうですが、心無い言葉や根拠のない憶測を口にしたとき、大概は「いやいやいや、そんなことありえないでしょ」と返すのだろうが、例えば「ホリ先は火事の時ガールズバーにいた」・「実は孫をひいたのは校長」・「ホリ先が階段から突き落とした」・「お前女みたいだな」なんてことがどこかのタイミングで多数の意見になった途端、それに異を唱えるのではなく黙り込む、黙示の承認をしてしまうのが人間だからね。
そう思ったら、今作のようなお話は未来永劫我が国では起こり得るのだろうなと、ちょっと虚しさが拭えなくなるものを観させてもらった気がします。
さて、ラストシーンですが、校長とラッパを吹きあったミナト君が「自分はありのまま、嘘はつかない」と踏ん切りをつけヨリ君の家へ行き、二人の秘密基地で一夜を過ごした翌朝「ガコッ」と開けたドアから駆け出す、ああ、子供二人には明るい光が差し込むのか、そこだけでも救いがあった。なんてスクリーンを見つめながら思ったのですが、帰りの道すがら、どうにも台風一過の風景にしては風景が泥だらけじゃなくお花畑感満載だったので、これは別の世界に行ってしまったのかもしれないなと考えを改めたのですが、それよりも前の中村獅童の路上飲んだくれシーンとヨリ君のバスタブグッタリシーンもあったから、まだまだ別の展開もあったのだろうか、受け取り方はそれぞれにお任せします、7日もしれませんね。
ワタシ的には「どうすればよかったのだろう」と考えるのではなく「日本人の性で、発想の大転換がない限りこの手の出来事はなくせない」だろうと無力さを感じる作品でした。
緊張感と、もやもや感
一言で言って「すっきりしない、難しい映画」でした。
そこが主眼というか狙いなのかもしれません。
最後まで「どうなるのかよくわからない」緊張感で見せてくれて、面白さもあるにはあるのですが、圧倒的な引き込まれ感まではありませんでした。
自分なりの勝手な解釈ですが、タイトルにある『怪物』とは、単語そのものから一番に連想する恐ろしいイメージではなく、登場人物に(つまり人間誰しもに)内在する「怪しい物(あるいは不確かな物)」という意味で、映画にはその点での主題が貫かれ、タイトルにも持ってきたのではないか…と感じました。
登場人物はそれぞれに「自分の身にふりかかる何かを避けたり逃げたりする」時に、嘘をついたり暴れたり走って逃げたり、罪をなすりつけたりします。
普段の生活では出す必要のないそんな「怪物的な内面」が出た時、登場人物各人の関係性において実際に対峙する相手が「怪物」になる、という場面も多く登場します。
主役の2人の少年にとっての怪物は何だったのか。父や母、学校なのでしょうか。そこは曖昧にしたまま、2人はおそらく「あちらの世界(この世ではない)」で幸せそうにしている場面で終わります。
でも、最後にそうならなければいけない必然性に説得力が欠ける気がしました。
現代社会の歪みの集結
来年還暦の自分が過ごして来た時には無かった、現代社会の矛盾や善悪の全てを一気に描いた様な作品、疲れたしそして観終わった後まで考えさされる秀逸な作品でした。
怪物だーれだ
親の視点、先生の視点、子どもの視点。
視点が変わる度に登場人物が違う人間に見えてきて感情がぐちゃぐちゃになる。
音楽も必要最小限で、ストーリーをダイレクトに突き付けてくるような重さを感じる。
ラストシーンは人それぞれの捉え方があるだろうけど、「え、終わり?」とも思ってしまったw
果たして怪物は一体誰なのか。
あなたが思う怪物は、もしかしたら…
ひびく不協和音
「羅生門」最近では「最後の決闘裁判」のようにそれぞれの主観の視点で描かれ、徐々に全体像がわかる。真実を理解することの難しさと大切さを教えられる作品。
湊の母親・さおりは、夫を事故で亡くしクリーニング店で働きながら一人息子を育てている日々。息子の成長に伴って徐々にコミュニケーションが難しくなる時期に差し掛かっていて、そんな時に息子が洗面所で髪を切っていたり、突然「豚の脳を人間に移植したらそれは人間か?」と聞いてきたり、靴が片方なかったり、水筒から泥が出てきた上に、耳をケガして帰ってくる。聞くと「ホリ先生が」と言うので、小学校へ行く。が、校長を筆頭に謝罪はするもののホリ先生含めて出てくる教員全員がおかしい。校長は孫を夫の運転ミスによって亡くしたばかりだと教頭に教えられる。何度も学校に問いただすうち、星川くんという同級生を湊が虐めていたとホリ先生に言われ、星川くんの家を訪ねる。家には本人しかいなかったが、小柄で明るく可愛らしい少年だった。ある雨の夜に湊を車で探しに行った際、走っている車のドアを急に開けて飛び降り、ケガをして休んでいる湊に向けて手紙を書いてくれる。「湊の「み」が鏡文字になってるよ」と指摘すると書くのをピタリと止める。火傷のあとを見てこの子の様子も変だとさおりは感じた。
そうこうしていると学校がホリ先生を解雇したと発表する。これで終わったかと思ったが、その後もホリ先生を学校で見かける。
ホリは目立たない児童にも声をかける優しい教師で、OLの彼女と同棲している。ある日トイレから湊が走り出てきた様子を見てトイレに行くと、星川くんが個室に閉じ込められていた。星川くんの過程を訪問すると、父親が息子のことを豚の脳みそを持ったダメな奴なので教育し直しているところだと言う。別の日、教室で湊が暴れており、抑えようとした際に湊の鼻を叩いてしまい、謝る。また女子児童から、湊が触っていた猫が死んでいると教えられる。
ある日、湊の母親が学校に文句を言いに来た。ホリが説明しようとすると、教頭以下みんなに止められ、とにかく謝るよう強いられ、嫌々であることを露骨に態度に出して頭を下げる。母親があまりにしつこいので、息子がイジメをしていると忠告する。自分の罪を夫に負わせたらしい事勿れ主義の校長に、学校を守るために辞めろと言われる。スキャンダルとなり、彼女に去られ、部屋で一人、趣味である出版物の誤植を探していると、在職時の児童の作文が出てくる。星川くんの作文の誤字をチェックしていると、ある事実に気付く。
星川エリはクラスの男子児童からイジメを受けていた。そんな中で、麦野くんはいじめない人だとわかる。彼に頼まれた通り、最初は親しくないフリをする。ある日トイレに閉じ込められていると麦野くんが来るが助けてはくれず、ホリ先生が開けてくれる。またある日図工の時間にまた男子に嫌がらせをされていると、面と向かって彼らを止められない麦野くんが教室で暴れる。そこにホリ先生が来て麦野くんを制止した時、手が麦野くんの鼻に当たる。帰り道に靴を片方貸してもらったりして徐々に距離が縮まり、秘密基地である廃線の車両に案内する。中を飾り付けて、2人だけでゲームをしたり、宿題の作文を書いたりして過ごす。そんな時、星川くんの父親が息子を母親の元に送るため、転校だという。2人一緒にいられなくなると思った時、友情以上の感情に気づく。
そしてある日、大雨で土砂崩れが発生する中、帰って来ない湊をさおりが探しに出る。更に2人のメッセージに気づいたホリがさおりに連絡し、2人で廃車両を見つけるが、雨がきつくてドアを開けることが出来なかった。
湊が一人で悩んでいると、そこに校長先生がいて、そんな時は…と管楽器の吹き方を教えてくれる。下手なトロンボーンと校長先生のホルンで合奏する。この妙な演奏が不協和音の正体だった。
特にいじめられっ子のエリくんは保護者の理解もなく、これからの2人の幸せを願わずにいられない。ラストシーンが現実であれば…。
土砂降りのシーンは「海よりもまだ深く」を連想した。
演技が圧巻!感情大忙し!
なんの情報も入れずに鑑賞!
いや〜、終始感情が忙しかった😂
1つの事を3つの視点で描かれるこの映画では、
それぞれの見え方が違っていて、
実際はそうでなくても誇張してこう見えているっていう意図しない捉え方をされてしまうってのを感じたな。
1人目のママのターンでは保利先生含む学校側にムカついて、「そんな学校辞めさせちまえ!😡」って思いながら見てたし、
2人目の保利先生含む学校側のターンでは
「え!?保利先生良いやつすぎるな?子供達は何を考えてんだ?😡」「確かにやってないのにそんなにママに来られたらモンスターペアレントに見えちゃってるな、、」ってなったし
3人目の子供達のターンで「はぁ〜そういうことね、子供達だけの間の絆ってやつに大人は介入できないんだね」と思ったただし星川パパはほんとに許さん。
終わり方も観客に解釈を委ねるパターン。
それは良いんだけど、私の頭で考えるのが難しかった点がいくつか、、、↓
・ママのターンの保利先生があまりにも酷すぎる、飴舐めたり、棒読みになったり、、そんな人には見えないけど。
・校長がスーパーで子供に足かけるとこ、どういう意図なんだぁ??バカなので分からぬ。
・麦野君が保利先生を体罰の犯人に仕立て上げたこと→麦野君は保利先生をいい人って言ってたのにな
これは他の方の解釈を見て自分に落とし込もうと思います😌
結論として、キャストの方々の演技がもう〜凄すぎて〜すごいのめり込んで見れました!!!2回目見たらまた違う考えになるんだろうな!
Stand by me?!
芥川の藪の中、黒沢の羅生門のフォーマットを取りつつも、是枝版「スタンドバイミー」として鑑賞しました。廃線の秘密基地が大事な舞台になっている所からも。ただ個人的には、ラストが現実であって欲しいのですが…坂元さんの脚本のホントは分からずじまい(藪の中)です。
それにしても、瑛太が演じるホリ先生が気の毒過ぎます。校長先生(田中裕子)、湊くんの母(安藤サクラ)、星川くんの父(中村獅童)は何をかいわんや、みんなが「怪物」を抱えていて、怖すぎます。観ていた我々も⁈
一つのシーンを違う人物の視点で何度も追う群像劇作品
予告ではスリラー作品かのような仰々しい演出がなされているが本編はスタンダードな邦画でした。
概要は地方都市で起こった交通事故、ビル火災、虐待、LGBTQ問題、小学校内でのいじめ、教師の体罰、暴言それらに付随する社会の問題を複数の登場人物の視点で描く群像劇作品で、そしてその問題に関わった人間たちは皆怪物なのでは?という問題提起がこの作品が描きたいことでタイトルなのだと私は感じました。少し作品に意味深さを持たせる為に怪物や豚の脳などキャッチーな言葉を出しすぎな感はありますが…。
それにこれまでの是枝監督作より登場人物の誇張表現がすごく特に学校関係者が喜劇かと思う程おバカに演じられていたり、視聴者をミスリードさせる為か登場人物の心象風景を描こうとしたのかは分かりませんが、あれ?前に出たこのシーンでこの人こんな芝居してたかな?というぐらいにこのシーンで描きたい方向に持っていく為に誇張をした芝居を行われていて、なるほどだからこの時にこんな発言をしていたのか!!という驚きがあまり得られない結果になっていて少し残念でした。
今までの作品では感じなかった芝居のご都合主義感がぽつぽつ感じられたのは残念でしたがそれでも子役の二人は素晴らしい芝居でした。この二人だけでも見る価値はあると思います。
子役の2人から目が離せない
元々ずっとファンだった是枝監督と坂元さんの映画で、公開を楽しみにしていた作品です。子役の2人がすごいです。この2人の映画だなと思いました。映像と音楽の美しさ、子役の2人の演技に夢中なりながら圧倒言う間に時間が経っていきました。始めは、誰が怪物なのか探しながら観ていたけれど、途中からそんな風にこの映画を観ていた自分の浅はかな考えに気付かされます。
坂元作品に常連の永山瑛太さんと田中裕子さんがとても良かった。特に田中裕子さんの存在感には圧倒され、ホルンを吹きながら言ったセリフが心に残っています。
ホラを吹く
何の前知識もなく見に行きました。
同じ時間帯を3つの視点で描かれています。最初20分くらいまで、イライラフラストレーションがたまるようなシーンが続きますが、2つ目の視点で意味が回収され、そういうことかと納得させられます。
なんか羅生門的な感じでした。
そして、「怪物だーれだ」
そこを気にしながら見てると全体が見れないと思います。途中のシーンで、何度かあれっこの映画マイノリティがテーマなんだと気づき、安藤サクラがこの字ミラー文字になってるよと指摘したところでそーなんだとなりました。最後の方でホリ先生が作文の回文を見つけたところでうまい付箋だなと思いました。
田中裕子演じる校長が不気味でした。結局唯一まともなのは、ホリ先生だけだったのかな
それが落ちかなと思いました。
最後がいかようにも取れる終わり方で、友人と意見が割れましたが人それぞれでいいのではないでしょうか。
監督は、相変わらず子供を撮るのがうまい、それにも増して先生演じる永山瑛太、中村獅童がいいです(彼が子供について先生へ放つ一言がその後に大きく結びついていくんだなと私は思っています)父親として受け入れられない、異性に興味を持ってもらいたいという思いを少ない出演シーンで見事に表していたのではないでしょうか。
再度見ると色々気がついてさらに面白いかもと思いしばらくしたら再見します。
怪物だーれだ
凄い。重圧感、纏っている雰囲気、あの世界観。映画館に実際に観に行くべき映画です。
前半では先生が完全な悪として映っていたが、実際はそうではなかった、というか真逆だった。等
人物による捉え方の違いをそれぞれの視点で上手く画かれており見ている側も驚きがあった。
怪物とは誰なのか。これは登場人物によっても、観る人によっても違った印象に残ると思う。
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