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◆天気の子

"あえて間違える"という姿勢。フィクションでしか描けない、逆説的な正しさ
  ※編集部注:以下、結末には触れていませんがややネタバレがあります

  持ち重りのする映画だ。その重さはこの映画に込められた意思の重さだ。間違うことを恐れない意思。その感触がそのまま、これからの時代を生きていく10代へのエールにもなっている。

  家出をして東京へと逃げ出してきた主人公・帆高は、なにが出来るわけでもない少年だ。腕っぷしも強くない。歓楽街でチンピラ風のスカウトマンに絡まれていたヒロイン・陽菜を助け出そうとするものの、すぐに追いつかれ、結局組み伏せられて殴りつけられることになる。

  その時、帆高は、偶然手に入れた拳銃を発砲する。非合法な手段を使ってでも、陽菜を助けようとする意思。もちろんその判断は助け出した陽菜からも非難されることにもなるが、無力な帆高が陽菜を助けるには、それしか手段がなかったのである。

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  拳銃を使うという判断は、正しくもないし合理的でもない。でも「陽菜を助けたい」と思う帆高が我を通すためには、拳銃を使うしかなかった。帆高は、陽菜のために"あえて間違う"のである。その時拳銃は、暴力衝動の解放装置ではなく、世間の"正しさ"に抗うための唯一の手段であり、帆高の"あえて間違える"という姿勢の象徴なのだ。そしてこの構図は、クライマックスまで一貫している。

  帆高のこの姿勢は、世間の"正しさ"と戦う意思の現れでもある。それはフィクションでしか描けない、逆説的な正しさだ。また、この姿勢は前作「君の名は。」の主人公・瀧とも、物語の構図が似ている初長編「雲のむこう、約束の場所」の主人公・ヒロキとも大きく異なる。このいささか古風にも見える世間に立ち向かう姿勢が、本作のこれまでにない持ち重りがする感じを生んでいるのである。

  以前「新海誠監督の作品はいつも『最初の一歩』の感触が漂っている」と書いたことがある。本作もまたその通りの作品だった。

(藤津亮太)


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