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政治報道がワイドショー化する劇的な瞬間。マスコミと政治家、ゲスはどっちだ!?
  「JFKの再来」と謳われたゲイリー・ハートが、アメリカ大統領選の民主党最有力候補に躍り出た1987年。中国では天安門事件が起こり、ソ連ではペレストロイカが進み、日本はバブル時代に突入した。そんな節目の年を、ジェイソン・ライトマン監督は「政治報道がワイドショー化した年」と定義した。

  1987年4月13日、意気揚々と大統領選への出馬を表明したゲイリー・ハート(ヒュー・ジャックマン)は、マイアミ・ヘラルド紙がスクープした女性スキャンダルが原因で、わずか1カ月で政治生命を絶たれる。その急転直下の転落劇を、ライトマン監督は、ハート側、マスコミ側の双方の視点から中立的に描き、政治と報道に対する両者の価値観の違いを浮き彫りにする。

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  面白いのは、ハートとマスコミの間に、「ゲスはどっちだ!?」という争点が生まれる点だ。「政治家は政策で判断されるべき」と考えるハートは、私生活にさぐりを入れてくるマスコミをゲスとみなし、怒りの反応を示す。一方、「素行も政治家の資質のうち」という観点からハートの不倫疑惑の調査に乗り出したマスコミは、愛人を選挙スタッフと偽って白を切るハートにゲス野郎のレッテルを貼る。そんな両者の狭間で苦悩するのは、ワシントン・ポスト紙のハート番記者パーカー(マムドゥ・アチー)。ハートに心酔する彼は「政治記者がゴシップを扱うべきではない」と編集部で主張するが、「権力者には責任が伴う」という先輩女性記者の声に押し切られていく。

  このパーカーが、記者会見という公の場で、不倫に関する質問をハートに投げかける場面は、まさに政治報道がワイドショー化する劇的な瞬間だ。パーカーに裏切られたと感じたハートの体内で自信が崩壊していく様を、目と声で表現したジャックマンの演技が素晴らしい。

  自分は政策だけで大統領選を戦えると信じていたハートは、世の中の空気が読めない負け犬だった。けれども、ワイドショーの畑から出て来た公私混同が得意な大統領が政治報道をフェイクニュースとなじる時代に生きる私たちの目に、彼の純粋さは愛おしく見える。

(矢崎由紀子)


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