劇場公開日 2019年2月8日

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ちいさな独裁者 : 映画評論・批評

2019年2月5日更新

2019年2月8日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほかにてロードショー

現代日本の社会問題にも通じる、同調と服従の心理こそが恐ろしい

優れた書き手が創作した寓話のような、驚くべき実話だ。1940年に公開されたチャップリンの監督・脚本・主演作「チャップリンの独裁者」は、ヒトラーをモデルにした独裁者に瓜二つの主人公が、脱走の際に拝借した軍服の印象も影響して独裁者に間違われる話だった。このフィクションと奇妙に符合する現実の出来事が、1945年の敗色濃厚なドイツで起きる。19歳の小柄な脱走兵ヴィリー・ヘロルトが、偶然拾った軍服を着て空軍大尉になりすまし、敗残兵たちを従えて親衛隊を結成。私刑や虐殺を指揮する独裁者へと変貌していくのだ。

当時ドイツで未公開の「チャップリンの独裁者」をヘロルトは観ていないはずだが、ひょっとしたら彼が手本にしたのではないかと思われるのが、1906年に起きた「ケーペニックの大尉」詐欺事件だ。靴職人ヴィルヘルム・フォークトが古着の軍服で陸軍大尉に変装し、本物の兵士たちをだまして従え、ケーペニック市庁舎を襲撃して大金を奪ったこの事件は、笑い話としてドイツ全土に知れわたり、直後から1940年代にかけてたびたび映画や小説の題材にもなったという。

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釈放後に自伝まで書いて人気者になったフォークトに対し、ヘロルトの戦争犯罪は数冊の本と1本のドキュメンタリーで取り上げられただけで、半ばドイツ史の闇に葬られてきた。それは単に、収容所の囚人100人超の虐殺を命じたヘロルトの行為がおぞましいからだけではない。彼に同調し服従した兵士が大勢いたことが、程度の差こそあれヒトラーとナチスに従った国民の記憶を容赦なく呼び覚ますからであり、「フライトプラン」や「RED レッド」などハリウッド娯楽作で知られるロベルト・シュベンケ監督が15年ぶりに母国で映画を作った理由でもあるのだろう。

ヘロルト(マックス・フーバッヒャー)が憲兵から軍隊手帳の提示を求められたり、かつて脱走した際に追われた大尉に鉢合わせしたりと、主人公に感情移入してひやひやさせられる場面もある。だがシュベンケ監督はむしろ、大尉の軍服をまとったヘロルトに盲従する者、疑いの目を向けながらも損得ずくで同調する者、あまりの非道ぶりに抵抗する者を丁寧に描きわける。軍服が象徴する権威に、同調し服従する大衆の心理こそがファシズムの核心なのだと言わんばかりに。

「ヘロルト即決裁判所」と大書きされた軍用車に乗ったヘロルトと部下たちが現代のドイツに現れる、悪ふざけかブラックジョークのようなエンディングロールからは、今の観客に伝えなければという監督の危機感が読み取れる。第二次大戦時に同盟国のドイツと同じく全体主義国家だった日本にとっても、他人事ではない。ブラック労働、スクールカーストといじめ問題、ネット炎上といった社会問題の根には、半世紀以上前の戦中と変わらない同調と服従の心理があるからだ。

高森郁哉

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