劇場公開日 2018年12月8日

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暁に祈れ : 映画評論・批評

2018年11月27日更新

2018年12月8日よりヒューマントラストシネマ渋谷、シネマート新宿ほかにてロードショー

真なる生の輝きは真なる地獄から生まれる

タイの刑務所は更生施設ではなく、完全に懲罰施設でとんでもないところだと聞いたことがあるが、まさかこれほどとは。衛生環境が劣悪な部屋に何十人も寝かされ、暴行や病気で死んでも一晩放置されたままで、刑務官は賄賂を受け取り放題。本作は、そんなタイの刑務所を極限レベルのリアリティで再現した意欲作だ。なにしろ、ロケ場所が直前まで刑務所として使われていた建物で、出演者の大半がタイの元囚人である。顔面タトゥーだらけの囚人が多数登場するが、メイクではなく全て本物だという。リアリティ(現実性)があるというレベルではない、リアル(本物)なのである。

ドラッグ所持容疑で収監された元ボクサーのイギリス人ビリー・ムーアの実話を基にしたこの物語は、そんな彼が地獄のタイ刑務所でムエタイに出会い、リングの上を目指すべくあがく姿を追いかける。リンチ、強姦、撲殺、病死などが日常茶飯事の地獄で、たった1人の白人がいかにサバイブしていくかを、臨場感ある手持ちカメラが捉える。観客もこの地獄に放り込まれたような感覚を味わうだろう。

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しかし、観客が本作で目撃するのはそんな絶望だけではない。むしろそんな地獄から這い上がらんとする、ビリーの強烈な生のエネルギーにこそ、観客は圧倒されるだろう。暴力と麻薬に蝕まれたビリーの人生は、ある意味刑務所に入る前から地獄だった。そんな彼がさらなる深い地獄に放り込まれて希望を見つけるのだ。

仏教の影響も強いムエタイは試合前にワイクルーという舞いで祈りを捧げるが「師に捧げる感謝の舞い」という意味だそうだ。祈りを済ませリングで殴り合うビリーの姿は、満身創痍なのに崇高ささえ感じられる。地獄の中の真なる生の輝き。仏教のシンボル、蓮の花は泥水の中でしか育たない。地獄の中で生の美しさを体現するビリーは、まるで泥水の中で美しく咲く蓮のようだ。生温い生活を送る観客全員をノックアウトする驚異の傑作である。

杉本穂高

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