劇場公開日 2019年10月11日

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真実 : 映画評論・批評

2019年10月8日更新

2019年10月11日よりTOHOシネマズ日比谷ほかにてロードショー

役者と役柄がシンクロする奇跡の瞬間。繊細で温もりに満ちた女優讃歌

これまで何人もの監督たちが、フランス映画を牽引してきたカトリーヌ・ドヌーヴの、いまなお発掘されていない魅力を果敢に引き出してきた。たとえば「ヴァンドーム広場」のニコール・ガルシア、「8人の女たち」「しあわせの雨傘」のフランソワ・オゾン、「ルージュの手紙」のマルタン・プロヴォ。だがこれほどストレートにオマージュを捧げた監督は、おそらくこれまでいなかっただろう。是枝裕和監督は本作でドヌーヴに「大女優」という等身大の役を与え、それを軽妙なコメディとして料理しながら、あえて誰も試みなかった衒いのないラブレターを書き上げた。もちろんそれは真実のドヌーヴの姿なのではなく、いかにも真実らしいと思われる彼女のイメージと戯れた、巧妙な仕掛けである。

毒舌家の大女優ファビエンヌ(ドヌーヴ自身のミドルネームから借用)が自伝を出版したのを祝うため、娘のリュミール(ジュリエット・ビノシュ)がニューヨークから夫(イーサン・ホーク)と子供を伴って訪れる。母が自分に内容をチェックさせずに出版したことに内心不満を抱いているリュミールは、本に目を通し、母の書き散らした嘘に驚き、傷つく。彼女の記憶の底には、自分を可愛がってくれた、母に役を奪われた今は亡きライバル女優、サラのことがわだかまっていた。

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ポンポンと小気味よく繰り出されるセリフが、いかにもフランス的な毒気のあるウィットや辛辣さに富み、膝を打たずにはいられない。ファビエンヌがテレビシリーズに出ている娘の夫のことを、「役者ってほどじゃない」と切り捨てたり、「鈍感な善意が一番人を傷つけるの」と鋭い突っ込みを入れたり。子育てを怠ったと娘に非難されると、「良い母親でヘタな役者より(大女優でダメな母親のほうが)ずっとまし。あなたが許さなくたって、ファンは許してくれる」と言いきる。こんなセリフをこれほどあっさり言いきれる女優もまた、ドヌーヴ以外には考えられない。

是枝監督は彼女のことを、「我がままですらチャーミングで軽やか」と評しているが、人生数々の難関を切り抜けてきたゆえの達観がもたらす軽やかさ、何ごとにも動じない余裕、と同時にふと垣間みられる脆さが繊細なバランスで差し出される。

さらに軽のドヌーヴに対する重のビノシュ、その間に治外法権的な立場から緩いユーモアで交ざる絶妙なイーサン・ホーク、是枝の切り札である驚くほど自然体の子役といったアンサンブルも、主役を一層輝かせる。

タバコをくゆらすドヌーヴの横顔に、ぞくっとするほどの女優オーラが立ち上る凄み。ファビエンヌとドヌーヴが重なり合う、奇跡の瞬間を目撃する醍醐味だ。言語の壁を乗り越え、人間の本質を見据えた是枝監督は、秋の木漏れ日のように繊細で温もりに満ちた女優讃歌を奏でてみせた。

佐藤久理子

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