初恋 お父さん、チビがいなくなりましたのレビュー・感想・評価
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ミルクスタンドが良かったなぁ
まるでウチの親を観ているような映画でした😆
ホームコメディ要素も少し入っていますがとてもいい映画でした。
エンドロールの笠置シヅ子さんの曲が映画にマッチしていて、それも良かったです。
若者には若者の、老人には老人の映画がある。
倍賞美津子さんと藤竜也さん、凄い。
演技というか佇まい、セリフ、表情、息遣いまで必見ですね。
木枯らしの頃が似合う作品ですね。
きっとご高齢の方をターゲットに作られたのではと思います。明日は我が身と私も心に沁みました。
家では威張っているが情けない馬鹿な男ですよ。
猫も帰ってきて、今後この夫婦がなにを話し合うのか楽しみです。
分かる人には分かり分からない人には分からない
素晴らしい映画でした。
俳優はもちろん何より間が良い。
何が起きる訳でもないし、大きな波がある訳でもない。
老夫婦の日常を切り取っているだけだが、心情を見事に描いている。
原作は読んでいないが脚本と監督が良いのだろう。
最近の、奇を衒ったようなありえないドタバタ恋愛ドラマや、歯が浮くような韓流恋愛ものばかりのなかで、まともな作品に出会えて良かった。
【日本の高度経済成長時代を担った、”AM7:25”の男の初恋。】
結婚50年の夫婦 有喜子(倍賞千恵子)と勝(藤竜也)の”ある危機”を可笑しみを込めて描いた小品。
序盤の勝の妻に対する態度、言葉は完全にNGである。
・自分で家事は何もやらない。 (おい!)
・妻には声で指示 (自分でやれ!自分で!)
・妻の話は上の空 (話しかけて貰えるうちが花!)
ー大先輩に大変失礼ではあるが、内心の声である。-
そんな、勝に対し有喜子は甲斐甲斐しく尽くしているが・・。
高度経済成長時代、懸命に働いていただいたサラリーマンの方々の”駅での慌ただしすぎる牛乳、パンの朝食風景”に、かなり驚き、勝(今は、顧問・・、頑張ってきたんですね・・)への見方が少しだけ、優しくなる。
だが、愛猫チビが居なくなり・・・
<軽いタッチで、熟年夫婦の”幾つかの問題”を描いた作品。>
韓流ドラマの続きが見たい!
世のお母さんたちは台詞を覚えるまで展開のわかってる韓流ドラマを観ているのだろうか。かなり笑える序盤のシーン。そのためペットリサーチ社の青年が来たときの音楽がまた冬ソナそっくりですよね。
飼い猫がいなくなることによって家族それぞれの思いが浮き彫りになり、ほのぼのする映像ながらも記憶の奥底にはひっかかるものがあったりする。ただ、恋愛結婚だったのかを質問するには年齢的に遅すぎだろうと思う。ま、それが最終的なテーマとなる“初恋”。タイトルが全てを物語っていた・・・
毎日7時25分の男として登場する過去映像では必ず牛乳とアンパン。見合いの相手が偶然にも・・・という昭和的な発想も和ませてくれるし、好きとか愛してるとか今さら言えるか!といった雰囲気の頑固一徹な父親像も懐かしいものがあった。気を張らずにボーっと観るのに最適ですよね。
しみじみ良かった
40代夫婦で観ました。
ほのぼのとしてて良かった。
猫が何処に行ってたかなんてどうでもいいこと。(すごく気になるけれど)
これは熟年夫婦が、お互いのありがたみ、やさしさ、これから何を支えに生きていくか、しみじみ考えさせられる物語。
猫は、自分が家にいることによって、何とか夫婦間の潤滑役になっているけど、考え直すべきと思い自ら居なくなった、ということですかね。
自分も少し気を付けなくちゃ、と考えさせられました。
価値あり
倍賞千恵子さん、藤達也さん、市川実日子さんの演技を見られるだけで、この映画を見る価値ありでした。特に、倍賞さんの自然な演技は、流石。対称的にやや作りこんだ藤達也さんもいい。若大将シリーズで憧れた星由里子さんの遺作でもありました。市川さんもほんまにいい女優さんですね。
笑って、泣いて、納得してあっという間のエンドロール。最後に流れる選曲もシニア世代の琴線に触れます。残念だったのは、駅から自宅に帰るルートと自宅周辺の環境の違い。どうでもいいといえば、どうでもいいけど、なんか気になって気になって。
エンディングの唐突感や三女の恋愛など横糸の消化不良感は、家族はつらいよと同じく、次回作への布石?
平日の昼間なのに、シニア割世代を中心に、座席が半分くらい埋まってましたからね。
メッセージ性
もともとシナリオを読んでから見たのもあったからか、映画的なテンポは良かった。
熟練夫婦の動きの中で、夫婦とは一体なんなのかということを考えさせられた。しかしこれといったメッセージはあまり読み取ることはできなかった。
テーマも地味で見ているのもお年寄りが多い印象だったが、若い人が見ても飽きることはないだろう。最後の方のシーンでは、結婚したことはなかったのに感情移入してしまい泣いてしまった。
シナリオではあったラストの方の2シーンがまるごとカットされていたのは驚いた。原作は読んだことないが、山崎と菜穂子の関係が今後進展していく可能性は読み取れたが、いまいち映画の中で山崎を出す必要性をあまり感じられなかった。
なぜ雑木林のシーンを入れたのかも謎が多い。駅に近そうな家に住んでいるのにもかかわらず、雑木林を通って家に帰ってるところに違和感を感じた。もし雑木林を入れたいのであれば家の場所をもう少し駅や都心から遠いところで選んだ方が良かったのではないか。
ほんの少しの些細な出来事をここまで映画の題材として作り込み、最後までしっかり話をまとめている映画は最近少ないと思うのでそこは良かった。
俳優の演技については、倍賞千恵子、藤竜也の演技はさすがと言っていいほど素晴らしい。あまり期待していなかった吉川友の演技がとても良かった。彼女は歌手活動がメインなのかもしれないが是非これからの映画界で頑張ってやって欲しいと思った。
残念だったのは、佐藤流司と優希美青。倍賞千恵子の演技が素晴らしいだけに、佐藤流司の下手くそさがあらわになる。
なぜ彼だったのか。なぜ彼ではないといけなかったのか。
バーターなのか。彼の演技は非常に不愉快だった。
優希美青については、経験不足ということもあるかもしれないがいまいちパッとしない。彼女の演技からは何も感じられない。顔だけという印象だった。
全体的に悪くはない印象だが、これといって心に残るものもあまりない。一般人向けではないという印象だ。
しかし過小評価されてる印象も受けるのでこれからもスタッフ勢は頑張ってほしい。
気持ちのズレがドラマになる
財津和夫の「サボテンの花」では、些細な出来事で簡単に壊れてしまう男女の関係性が淡々と歌われる。夫婦も恋人も元は他人だ。親兄弟でさえ解り合えないのに、育った環境の異なる他人同士が解り合えることはない。
もっと古い歌だが長谷川きよしが歌った「黒の舟唄」は、男と女は互いに解り合えることがないと知っていて、それでも解り合おうとするものだという歌詞である。
そして北山修と加藤和彦の「あの素晴しい愛をもう一度」では、同じ花を見て美しいと思うことが幸せなのだと歌う。人は解り合うことはできないが、共感することができるという意味だ。
人は他人の死を死ぬことができない。他人の苦しみを苦しむことができない。どれほど時を過ごしても、どれだけ言葉を交わしても、人は他人を理解することはない。この人はこういう人だと決めつけることはできるし、多くの人がやり勝ちだが、大抵の場合、間違っている。決めつけることは理解することとは程遠いことなのだ。
しかし北山修の詞のように共感することはできる。共感は共生感に繋がり、同じ時間、同じ空間を生きていると実感する。そこに感動があり、喜びがある。作家や哲学者は、深夜にひとりで執筆しているとき、全人類との大いなる共生感を感じることがあるという。
さて本作品は、年老いた夫婦が共生感を喪失する話である。といっても妻の側がそう思うだけで、夫のほうは気持ちが通じているものと思っている。そのズレがドラマになる。
倍賞千恵子と藤竜也という名人二人の芝居はスキがなく、かといって過度な緊張もない。適度に思いやりがあり、適度に突き放しがある。その絶妙な空気感の中で日常的なストーリーが坦々と心地よく進んでいく。
老いた夫は駅前でアイデンティティの危機を迎え、帰宅して妻に出来事を話そうとしたときに、逆に離婚の意思を告げられる。そのときの藤竜也の表情は、複雑な思いが絡み合って逆に無表情になってしまう顔であり、その無表情の中にも落胆、失望、諦め、それに妻への思いやりを感じさせ、これぞ名優と改めて感心する名演技であった。
普通の人の普通の暮らしの中にもドラマがあり、人生があるのだなと再認識させてくれるほのぼのした佳作である。
う~ん、残念
ありがちな初老夫婦の日常のすれ違い。ハッピーエンドっぽいけれど、実はこの後、悲惨な老々介護が待っている予感・・・いや悪寒。身につまされる想いと相まって、志津子さんと会っていたのは何故?という疑問が残ったまま、私にとっては後味のあまりよくない映画でした。
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