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韓国の巨匠が村上春樹の短編を換骨奪胎し、狂おしさと謎が渦巻く青春映画
  村上春樹の短編小説「納屋を焼く」を映画化し、昨年のカンヌ国際映画祭で「万引き家族」とパルムドールを競い合った韓国映画。しかも、2010年の「ポエトリー アグネスの詩」以来となるイ・チャンドン監督の久々の新作だ。そんないくつもの必見の要素が詰まった本作は、観る者の感性と解釈次第でいかようにも変容するミステリアスな作品である。

  文庫本でわずか30ページの原作は独自の脚色がさまざまに施されているが、おそらくイ監督にとって最も重要だったであろうポイントは、主要キャラクターの男女3人を"今を生きる韓国の若者たち"として明確に位置づけたことだ。主人公のジョンスは母に捨てられ、父は暴力沙汰を起こして裁判中で、アルバイトで食いつないでいる。そんなどん詰まりの人生が日常化したジョンスが再会した幼なじみの女の子ヘミは、彼の心のよりどころとなるが、外車を乗り回して高級マンションで暮らす年上の青年ベンの出現によって、ジョンスのかすかな希望は打ち砕かれていく。

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  いわば、これは韓国における若い世代の失業や格差といった経済問題を取り込んだ三角関係の青春映画であり、イ監督は社会の底辺を漂流するジョンスの内なる鬱屈した感情を狂おしいほど生々しくあぶり出す。ところが本作がいっそう興味深いのは、原作小説に欠落していたその狂おしさがひたすら空転し、ジョンスとともに観る者を不穏に謎めく映画的迷宮の奥底へと引きずり込んでいくことだ。至るところにちりばめられたメタファーと伏線。例えば、そこに"ない"ものを"ある"ように見せかけるパントマイムをめぐる禅問答のようなエピソードは、現実と虚構の境界線が曖昧なメタ構造を持つこの映画の特異性を象徴する一方、生きる意味とは何かという深遠なテーマのヒントを仄めかしているようにも読み取れる。

  また中盤過ぎには、夕暮れ時の淡い光と闇が溶け合ったマジックアワーの素晴らしい長回しショットがあるのだが、その場面を転換点としてストーリーが激しく捻れ出す。3人の登場人物のうち、ひとりが突然消失してしまう謎。そして納屋ならぬビニールハウスを定期的に焼くのが趣味だと言い放つベンの謎。この一見関連性のないふたつのミステリーが脳内で結びついたとき、視界不良の霧の中にさまよい込んだ私たち観客は、それぞれ朧気な"答え"を夢想することができる。先にNHKにて吹替で放映された短縮バージョンでは終盤がばっさりカットされていただけに、ぜひともこの劇場版の底知れなく深い迷宮に身を委ねてほしい。

(高橋諭治)


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