劇場公開日 2019年2月15日

「稲垣吾郎の半分によせて」半世界 evoraさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0稲垣吾郎の半分によせて

2019年3月5日
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知的

色々な世界の半分を対比させながら描かれているが、何故主役が稲垣吾郎なのか?と考えてみた。
聞くところによると、この作品は彼の為に監督自ら当て書きされたらしいので。

途中何度か炭を焼きながら瞑想に耽る場面があるが炭同士のあたる美しい音色の効果音と共になんとも神秘的で印象深い場面である。
そんな神秘的な雰囲気はそのまま稲垣吾郎のパブリックイメージにも良く似合う。
ある時の瞑想は木々が伐採された急斜面を必死で登って行き、上の方から下界やそこに広がる美しい大海原などの景色を気持ち良さそうに眺めているが…
=芸能界、アイドルグループとして必死で登りつめ、ふと振り返って見てみると何とも眺めも良く感慨深くもあり、大海原の果て自分の見ている世界のその先には何があるのかと下界(外界)に思いを馳せている様にも見える。
ぼーっと景色を眺めながら、ただ漠然とこのままSMAPとしての日々が続いていくのだろうと思っている感じだ。
またある時の瞑想では深い森、薮の中に迷い込んだ様に佇んでおり、上からの木漏れ日を見上げていたり…
=ある時から解散騒動に巻き込まれて、気付けば周りは抜け出せそうにない深い森、だが見上げれば仄かに光もさしている…真相は依然藪の中だが。
そして虫の息の時の最期の瞑想では同じく深いモノクロームの森の中で佇んでいたかと思うと、急に糸の切れた人形の様に体が崩れ…その瞬間身体が奥深い所から赤々と炭の様に燃え出しモノクロームの世界の中に赤い炎が広がっていく。
死を前にしているにもかかわらず生命力に溢れる場面。
=突然糸を切られた様に終わりを迎えた主人公
=突然何らかの理由で終わってしまったSMAP…だが現実の世界ではこれで終わりではなく彼自身は生きているし何かしら活動はしていくのである。
むしろ伐採された木の様にここで一旦木としての成長は止まったとしても燃やされて炭に生まれ変わる事によってまた別の世界=半世界が広がり、思いもよらない世界が訪れるかもしれないという…
これは彼へ監督からの希望に満ちた期待が込められてると感じる。
現世界の稲垣吾郎も既に炭の様に静かだが赤々と燃え出しているのではないか。

上記の様に映画の中では主人公の鉱と現実の稲垣吾郎を覚醒と瞑想として行ったり来たりしているがこれも半分ずつで半世界というタイトルに掛かっているのだろうか。
映画を観た人の感想で上がっている様に稲垣吾郎だけが独特の浮遊感を保ちながら存在していて、町の人として溶け込んでいる様で何処か浮いていると私も思う。
それは当たり前だ。
登場人物の鉱は浮いていないのだが、半分の稲垣吾郎が浮いているのである。
それは彼がヘタとかいう次元ではなくて、登場人物の中で彼だけが町の人としての鉱と現実のスター稲垣吾郎の両方を無意識のうちに演じているからに他ならない。

evora