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◆女は二度決断する

ひとりの女の復讐劇。そのラストシーンは観客の心に物議の種を植え付ける
  突然の爆弾テロによって、トルコ系の夫と愛する息子を失ったドイツ人女性のカティヤ。移民を狙ったネオナチのカップルが容疑者として逮捕されて裁判が始まるが、正義が通用するわけではない現実を目の当たりにした彼女は、誰に告げることもなく孤独な復讐を決意する……。

  「女は二度決断する」は、トルコ系という出自をベースに活動を続けてきたドイツの名匠ファティ・アキン監督の最新作。移民の受け入れか排斥かで揺れるヨーロッパの今を切り取った切実なテーマ性は、日本ではともすれば"意識が高い人たち"向けという印象を与えてしまうかも知れない。

  しかしファティ・アキンは"社会派"というレッテルを引き剥がすように、本作でカンヌ国際映画祭女優賞に輝いたダイアン・クルーガー扮するカティヤのパーソナルな物語に集約させていく。映画の冒頭でカティヤは服役中の囚人と獄中結婚するのだが、幸せそうな花嫁姿から覗くタトゥーなどから不安定な内面が垣間見える。そんな彼女が子を産み、母親となり、出所した夫の仕事も順調でようやく安息の地を見出した――と思った矢先にテロという悲劇に見舞われるのだ。

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  序盤では彼女の絶望と悲しみを、中盤では法廷劇として社会の不条理をこれでもかと見せつけた後、ファティ・アキンは誰にも気づかれることもない自然さと静かさでもって復讐のドラマへと観客を放り込む。ヒロインがあまりにも寄る辺がなく非力で孤独な女性であるが故に、観客も彼女の視点と同化せずにはいられない。

  ところが、だ。結局、映画を観ているわれわれは、安全地帯から見つめている外野に過ぎないのだと思い知らされることになる。いくらカティヤに感情移入しても彼女の絶望の深さにはたどり着けず、その反動とも言える暴力衝動とは完全にシンクロすることができない。われわれは外野であるが故に、一歩引いたところで客観視する視点を持とうとする。しかし当事者であるカティヤにとって、分別めいた客観なぞ何の意味も持たない。観客は、カティヤが次に何をしでかすのかと固唾をのんで見守ることしかできなくなるのだ。

  物議を醸すラスト、という言い方はいかにもお手軽だが、本作はわれわれひとりひとりの心に物議の種を植え付ける。是か非か、はさして重要ではない。カティヤは彼女の道を選んだが、われわれは傍観者であることをやめた時、どんな決断を下すのか? その一点において、本作は非常に個人的であり政治的な問題提起をしているのである。

(村山章)


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