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◆彼女がその名を知らない鳥たち

<愛の欠如>に深くとらわれた者が末期に夢見た光景がある
  往年のパトリシア・ハイスミスに代表される人間が抱えるパラノイアックな心理やねじれた内面世界を描くミステリーを、昨今、<イヤミス>と称するが、「ユリゴコロ」など映画化が続く沼田まほかるは、まさにその舌がざらつくような後味の悪さにおいて傑出している。

  彼女の初期の同名小説を映画化した本作も、十五歳年上の陣治(阿部サダヲ)の稼ぎに依存しながらも、八年前に別れた黒崎(竹野内豊)を忘れられないヒロイン十和子(蒼井優)、十和子と不倫関係をもつ妻子持ちの水島(松坂桃李)と、登場するのは見る者の感情移入を完璧に拒む、ろくでもないキャラクターばかりだ。

  救い難いワルばかりが跳梁するピカレスクロマン「凶悪」、「日本で一番悪い奴ら」で名を挙げた白石和彌監督にとってはまさにうってつけのテーマである。とりわけ風采の上がらない下品で粗野な陣治の尋常ならざる十和子への執着には、辟易させられる。いっぽうで、陣治に対して「あんたみたいな不潔な男にそんな触られ方をしたら、虫酸が走る!」と容赦ない罵倒を浴びせ続ける十和子のエキセントリックな言動にも、どこか常軌を逸したおぞましさが感じられる。

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  完璧なまでに<愛の欠如>した、ふたりの奇妙に歪んだ共依存関係が変化の兆をみせるのは、十和子が刑事から五年前に黒崎が失踪したと告げられた瞬間からである。十和子の脳裏に、最近、街角で黒崎とおぼしき人物を見かけた記憶がよみがえる。あれは錯覚だったのか。殴打され、残酷な棄てられ方をしたにもかかわらず、黒崎との甘美な日々の記憶がフラッシュバックされる。雑然たるアパートの部屋のベッドから、黒崎が佇むリゾート地の海岸に反転するイメージ、水島との情事に耽るラブホテルの天井から、突然、降り注ぐ大量の砂――。この映画に現れる白日夢めいた幻想シーンは、浅薄な男たちをめぐる虚ろな妄想を視覚化したものだが、白石監督の才気走った新境地を伺わせる。

  十和子は、黒崎の謎めいた失踪の背景をさぐるうちに、彼女の日常をストーカーまがいに監視するようになった陣治に疑念を抱く。そして映画は、<暴力>というキー・イメージによって黒崎と水島を重ね合わせた瞬間に、一挙に大団円を迎える。

  P・ハイスミスは<愛の欠如を描く詩人>と呼ばれたが、この映画は、どす黒い悪意だけが跋扈し、酷薄で仮借ないはずの世界に、一条の曙光が射して終わる。<語り口>が、やや性急で、もう少し余韻が欲しいが、ここには確かに<愛の欠如>に深くとらわれた者が末期に夢見た光景がある。

(高崎俊夫)


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