劇場公開日 2017年5月13日

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マンチェスター・バイ・ザ・シー : 映画評論・批評

2017年5月2日更新

2017年5月13日よりシネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほかにてロードショー

深い喪失の傷を負った主人公。長い孤独のトンネルの先に差し込む微かな救いの光

主人公が兄の死によって甥の後見人になるという設定は、「マーサの幸せレシピ」の男性版のようだ。が、大きく違っているのは、父親を亡くした16歳の甥のパトリック(ルーカス・ヘッジズ)よりも、兄危篤の知らせを受けて故郷へ戻って来た主人公のリー(ケイシー・アフレック)のほうが、過去に起因する深い喪失の傷を負っていることだ。

いったいリーの過去に何があったのか? なぜ彼は故郷に居場所をなくしたのか? リーの心の奥底に押し込められていたパンドラの箱が、回想シーンを通じて少しずつ開いていく。ドラマの構成は、心理的な謎解きの趣だ。その中から、自責の念にさいなまれ、幸せになることを禁じるように生きているリーの苦しみがあらわになっていく。そんな彼の心象風景と呼応する凍てついた色彩の映像が、物悲しくも美しい。

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故郷にいると心の痛みが増すリーと、この町に住み続けたいパトリックは、今後の生活をめぐって意見が食い違う。それでも数日を一緒に過ごすうち、ふたりの間には支え合う関係が築かれていく。とくに、父の死に気丈に耐えるパトリックの心の傷口に塩をすり込むような出来事が起きたとき、彼にそっと寄り添い、さりげなく励ますリーの優しさが胸に染みる。そんなリーとパトリックが、アメリカ映画定番のキャッチボールではなく、ワンバウンドさせたボールをやりとりする場面は、ふたりの心の距離感を物語る名場面だ。

ケネス・ロナーガン監督の「ユー・キャン・カウント・オン・ミー」でマーク・ラファロが演じたダメ叔父さんがそうだったように、リーはドラマの中で安易に成長したり強い人間になったりしない。しかし、もう一度誰かのために生きる機会を得た彼の行く手には、長い孤独のトンネルの出口があることを予感させる。その救いの光の微かなまたたきと、映画史上最も影が薄い主人公と言っても過言ではないリーを薄さ全開で演じたケイシー・アフレックの丸まった背中に、たまらなく愛おしさをかきたてられた。

矢崎由紀子

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