劇場公開日 2015年10月24日

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「三谷が何をしたいのか理解できん」ギャラクシー街道 CRAFT BOXさんの映画レビュー(感想・評価)

2.5三谷が何をしたいのか理解できん

2016年12月12日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

笑える

三谷幸喜のファンを四半世紀続けて来たが、前作「清須会議」で映画監督としての評価は、完全に才能なしだと、ようやく諦めた。とはいえ、脚本家としてはまだまだ評価しているし、映画が公開されれば見てしまうのがファンの悲しさ。
ということで、劇場公開初日舞台あいさつの生中継付きで見に行って来きた。

ところがと言うか、期待を裏切らずと言うか、またも駄作映画を見ることになった。
前述通り三谷好きな筆者は、90年代半ばからドラマも舞台も映画もほとんど見てるから、もっとつまらない三谷作品は何度も見てきてる。本作は、ところどころ、笑えないわけでもない。しかしこれは、三谷らしさがほとんどない作品だ。

ストーリーも弱いし、ネタの一つ一つのフックも弱い。例えば、クライマックスの出産シーンでヌルヌルが必要なら使うべきは、ヌルヌルの宇宙人だ。「ようやく西川貴教の出番か」と思いきや、まったく登場しない。結局、西川貴教はラストの歌要員としてのみ。三谷幸喜はインタビューで「いつかはミュージカル映画を撮りたい。西川に与えた役どころは、そんな気持ちがあるから」という趣旨の言葉を残していた記憶があるが、ミュージカル映画の音楽を聞いた時の気持ち良さなどは微塵も感じない西川貴教の起用。しかも、このラストシーン、いつもながら、映画作品の締め方が下手くそ。せっかくミュージカル風な展開から上手くエンドロールに入っていくかと思いきや、ブツ切り。

全体として、いくつものストーリーラインが一つに結びつくっていうお決まりの三谷作品の一種だが、それぞれのストーリーの繋がりが弱く、クライマックス後の大円団とか達成感とか多幸感も、いつもの三谷作品に比べて圧倒的に弱い。

何よりも残念なのが、劇場で見ていて一番笑いが起こったのが、エンケンの顔を使ったシーンで、CG処理による見た目の面白さ。脚本や演出でなく、CGによる見た目の笑いって、三谷幸喜はそれで満足なのだろうか。

もう一つ残念なのが、下品な下ネタを全体の展開の軸にしてるところ。三谷は舞台挨拶で「少しお子さんにはどーかと思うシーンがあるので、その時はお母さんが目を隠してあげてください」と言っていた。他にも事前情報でいつも以上に下ネタあるんだろうとは思ってたが、下ネタがないと成立しないくらいガッツリ下ネタ。あれでは、その時だけ子どもの目を伏せれば済む内容じゃなくて、売春とかレイプとかの意味や存在理由が理解できないと、ストーリーを理解できない。そういう意味では本来はPG12に指定する必要さえ感じる。
個人的には別に下ネタ映画でも構わないが、この映画の品のなさは、「三谷作品で想像できる範囲」を超えてる。下ネタが面白いか以前の問題として、三谷幸喜の監督作品を見ようと思ってる観客が、このような下品な下ネタを望んでいるか。

舞台ならば、ライブ感のある客いじりなども織り交ぜながら成立したかもしれないが、映画でこの脚本なら、例えば三池崇史くらいぶっ飛んだり緩かったり緩急ともに上手い演出ならまだしも、またしても三谷の監督としてん力量が低いこと露呈してしまった。

三谷幸喜がこの映画で何したかったんだか、サッパリ理解できん。

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CRAFT BOX