白いリボン

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劇場公開日:

白いリボン

解説

「ピアニスト」「ファニーゲーム」などで知られるオーストリアの鬼才ミヒャエル・ハネケによるミステリー。第1次世界大戦直前の北ドイツを舞台に、教会や学校の指導でプロテスタントの教えを守って暮らしてきた小さな村の住人たちが、次々と起こる不可解な事故によって不穏な空気に包まれていく様子をモノクロ映像で描きだす。カンヌ国際映画祭パルム・ドール、ゴールデングローブ賞外国語映画賞をはじめ多数の映画賞を受賞。

2009年製作/144分/G/ドイツ・オーストリア・フランス・イタリア・ドイツ合作
原題:The White Ribbon
配給:ツイン
劇場公開日:2010年12月4日

スタッフ・キャスト

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受賞歴

第82回 アカデミー賞(2010年)

ノミネート

外国語映画賞  
撮影賞 クリスティアン・ベルガー

第67回 ゴールデングローブ賞(2010年)

受賞

最優秀外国語映画賞  

第62回 カンヌ国際映画祭(2009年)

受賞

コンペティション部門
パルムドール ミヒャエル・ハネケ

出品

コンペティション部門
出品作品 ミヒャエル・ハネケ
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映画レビュー

3.5閉鎖的な村にいるかのような

2023年11月28日
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怖い

難しい

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parsifal3745

3.5いつでもハネケは意地悪い

2023年10月9日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:VOD

怖い

興奮

入り乱れる登場人物と話の筋を把握する集中力が最大限に消耗されながら物語にハマってしまう理由は推理モノとして観てしまう面白さが、それは勘違いで回収できる伏線すら貼られてはいなかった、そんな類の映画ではなくモヤモヤしてイライラする胸糞悪い感情で一杯に爆発寸前、それがミヒャエル・ハネケの作品であり苛つきながらも癖になるのが毎度のことで!?

多分、そうだろう、こうだろうって位で謎にされている部分の真実は明かされない、とにかく皆が真っ黒で正義感丸出しの教師ですら行動が有難迷惑でイライラするし、まだ純粋な子供たちだけに救われる、少年、少女も残酷性が際立って普通の顔して大人になってしまう、外面の良い真っ黒な大人に。

タル・ベーラの『サタンタンゴ』みたいな雰囲気でイカれた村の危うい閉塞感に『ウィッカーマン』は言い過ぎか、子供を中心にしてしまったら『小さな悪の華』とか『妖精たちの森』だったり『プティ・カンカン』みたいにも、本作だけに限ったことではないが後味の悪いハネケに対する嫌悪感で胸糞悪くなりながら映画自体は楽しめてしまう、嫌な感じは拭えないまま。。。

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万年 東一

4.5日本の村に置き換えたら怖さMAX

2023年7月25日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

悲しい

怖い

知的

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こまめぞう

5.0年老いた話者と白黒映像がもたらす異化効果

2023年3月24日
iPhoneアプリから投稿

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書籍『ミヒャエル・ハネケの映画術』より、一部

例えば、経済危機のように、時代の空気から主題を選び、それを例示する物語を構想する脚本家たちがいますが、私のやり方は違います。私の場合、まず何かに驚くか感動することが必要で、それが私の思考を突き動かしていきます。『白いリボン』に関しては、白黒の舞台の中で、北ドイツの、金髪の登場人物達で構成されたコーラス隊のことが思い浮かんだのです。バッハのコラールを歌う子どもたちが、日常生活の中で、自分たちの説いている思想を裏切る人々を罰していく。それが出発時のアイデアです。たぶん、これを育んだのは政治的な考えです。しかし、目的は政治的な映画をつくることではなく、物語を語ることでした。

北ドイツを舞台にする前は、教育問題に興味をもっていました。その分野や農民生活の本をたくさん読みました。こうした読書は私を夢中にさせ、何よりもこの物語を豊かにしてくれました。

(視覚的な様式を見つけることについて)アウグスト・ザンダーの写真は昔からよく知っており、それこそが到達すべき理想のようなものでした。だから、ポスプロの作業で、ロングショットも含めて、すべての顔をなぞってより鮮明にしました。非情に細かな作業です。例えば、ドクターである父親の落馬事故のあと、階段で娘のアンナが弟ルドルフを慰めようとしている冒頭のシーンでは、娘の顔を涙が一筋流れるのですが、よく見えなかったのでコンピュータで再処理しました。

(モノクロ映像を選択したことについて)この時代については、白黒写真を通してしか知られていないので、白黒映像で当時を再現することで最初から作品に説得力を持たせることができます。しかし、もうひとつの理由があります。異化です。白黒はあらゆる自然主義的なアプローチを封じる距離を作り出します。
自然主義から離れるというのは、私たちのような企画において一つの義務です。なぜなら、時代をかつてのように再現するというのは厳密にいえば不可能だからです。白黒映像は、私たちは擬似現実の中ではなく、創造物の中にいるのだということを絶え間なく思い出させてくれます。

話者を入れるアイデアは最初からありました。白黒の使用と同じ理由です。物語られる内容に対して、距離を作り出すことができました。
(断言されたあらゆる真実の相対化、について)私はいつも観客の不信をあおるように立ち回っています! とくに本作では、子どもたちに生じるかもしれない罪責について距離をもって考えることが最も重要です。大人になった彼らの全員が、必ずしも強制収容所でユダヤ人の大虐殺を行うわけではないのですからね。しかも、登場人物はそれぞれに大きく違っていて、全員がネガティブな存在というわけではまったくありません。
年老いた声音は、さらなる異化効果を生み出しています。話者は、ナチズムや、おそらくはバーダー=マインホフのようなさまざまな形の過激主義を体験しています。そのような新たなイデオロギーが未来に再来するかもしれないことへの警告として、この映画に現れます。

副題「子どもたちについてのドイツのある物語」を、ドイツ語圏以外では訳されないようにしたのは、外国の観客たちに、本作がドイツ固有の問題を扱っていると思わせてしまうのを恐れたのです。ドイツ語を知らない人々にも、この寓話が彼らの国でも同様に起こり得たのだと考えられるようにしたかったのです。
この副題はジュッターリーン体で表記することにこだわりました。この書体は、私の祖母が使っていて、1930年代初頭なで、ドイツとオーストリアで規範とされていたものです。今日、この書体は完全に廃れてしまいました。私はまだ読めますが、書くことはできません。

(作中で起こる悪事について)緊張を高めるため、観客が犯人捜しにやっきになるように、多様な事件や事故で、毎回、不意をつくことが必要でした。確信はなく、推測だけが積み重なっていくシチュエーションを思いつく必要がありました。しかも、偶発的な事故が起きていた可能性もあります。それらの事件や事故を混ぜ合わせることによって、すべてが必ずしも解明されるわけではない、この現実世界に近づけようと思ったのです。

(物語に音楽的なリズムをもたらすことに長けた感覚について)リズム感の問題で、私にはあるかないかなのです。説明するのは難しい。学生たちを見ていると、それがすぐにわかります。生まれながらに自分の脚本を構造化するセンスを持っている学生はたちまちにわかります。しかし、実践により習得される俳優の演出指導とは反対に、リズムというのは特殊な才能を必要とするのです。それは歌と同じで、うまく歌えるか下手かです。うまく説明できませんが、あるシーンを書くと、すでにスクリーンでどう表現すればいいか私にはわかっています。

教師が足踏みオルガンで弾いていて、男爵夫人に解雇されたエヴァに中断されたのはシューマンのピアノ曲です。それから、彼女を元気づけるために弾いたのは、バッハの《シチリアーノ》。
男爵夫人と家庭教師が、ピアノと大型のフルートを使って演奏したのは、シューベルトの歌曲《美しき粉屋の娘》の変奏曲の一節。
村の収穫祭の時のダンス音楽はみな、当時のその地方のダンス曲で、私たちは現地でその手書きの楽譜を見つけました。もともとヴァイオリンのソロ曲用だったのを、複数の楽器を使ったオーケストラ用への編曲という点だけは手を加えさせていただきました。

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HAPICO
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