ザ・デッド <ダブリン市民>より(1987)

劇場公開日:

解説

中年の大学教授が見た一夜の出来事を描く。ジェームズ・ジョイスの短編集「ダブリン市民」のうち「死せる人々」のほぼ完全な映画化。監督は「女と男の名誉」のジョン・ヒューストンで、本作品が遺作となった。製作総指揮はウィリアム・J・キグレイ、製作は「火山のもとで」のウィーランド・シュルツ・カイルと「パリ、テキサス」のクリス・シェヴァーニー、脚本は監督の息子のトニー・ヒューストン、撮影は「バウンティフルへの旅」のフレッド・マーフィー、音楽は「女と男の名誉」のアレックス・ノースが担当。出演は「女と男の名誉」のアンジェリカ・ヒューストン、「愛と哀しみの果て」のドナルド・マッキャン、レイチェル・ドウリング、キャスリーン・ディレイニーほか。

1987年製作/アメリカ
原題:The Dead
配給:日本ヘラルド映画/ヘラルド・エース
劇場公開日:1988年9月3日

ストーリー

1904年雪降るクリスマスを迎えたダブリンの街。大学教授のガブリエル(ドナルド・マッキャン)と妻のグレタ(アンジェリカ・ヒューストン)はジュリア(キャスリーン・ディレイニー)とケイト(へレナ・キャロル)というモーガン叔母姉妹が毎年主催している舞踏会に遅れてやってきた。大勢の男女が集まり、談笑とダンスの活気で、暖かくなごやかな雰囲気につつまれていた。幸福感に満たされたまま宴は終わったが、帰り際に「オーリムの乙女」という歌を聴いた時から、グレタの様子が日頃とは別人のようにおかしくなる。ホテルに戻ったガブリエルは、グレタから彼女がまだゴールウェイの田舎に住んでいた娘時代に出会った恋人と、その死についての悲しい思い出話を聞かされた。ガブリエルは、今夜起こった様々な光景を思い出し、生きとし生けるものが遅かれ早かれ移り住むおびただしい死者の群れの世界を想った。窓の外に降りしきる雨は、今夜はアイルランド全土を優しくつつみこむかのようであった。

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受賞歴

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映画レビュー

5.0なべての生けるものと死せるもののうえに

2021年5月31日
PCから投稿

ダブリン市民はジェイムズジョイスという人が20世紀のはじめに書いた。
それ以外のことはとくに知らない。
わたしは高校生のとき読んだ。
同じ頃ジョンヒューストンがダブリン市民のなかでもっともゆうめいな篇、死せる人々を映画化し、撮り終えてすぐに亡くなったので遺作になるというできごとがあった。
映画はVHSで見た。

わたしは高校生だったが、死せる人々を読んだとき、終わりの部分に、映像を感じた。
おそらく小説としてももっともゆうめいな最後のセンテンスである。

『(中略)そう、新聞の言うとおりだ、アイルランドじゅうすっかり雪なのだ。雪は中部平野のいたるところに降っている、樹木のない山々に降っている、静かにアレンの沼沢に降っていた。さらにまた、もっと西へ行って、みだれさわぐ暗いシャノン河の波にも静かに降っていた。さらにまた、マイケル・ファウリーが埋められてある、丘の上の寂しい墓地の隅々にも降っている──ゆがんだ十字架や墓石の上に、小さな門の槍先に、荒れはてた荊棘に、雪は吹きよせられて、厚く積もっている。天地万物をこめてひそやかに降りかかり、なべての生けるものと死せるものの上に、それらの最後が到来したように、ひそやかに降りかかる雪の音を耳にしながら、彼の心はおもむろに意識を失っていった。』
(ジェイムズジョイス作安藤一郎訳「ダブリン市民・死せる人々」より)

読んでいて、──アレンの沼沢、シャノン河、ゆがんだ十字架や墓石の上に、小さな門の槍先に、──という羅列の手法が、短い点景をかさねる映像のように思い浮かべることができた──のだった。

そしてジョンヒューストンのThe Deadでもやはりそうなっていた。Donal McCannという俳優が、窓辺に佇んで囁くように、死せる人々のラストセンテンスをそのまま語る。
その語りのあいだ「アレンの沼沢」や、「暗いシャノン河」や、「ゆがんだ十字架や墓石の上」や、「小さな門の槍先」に、しずかに雪が降っているカットがつぎつぎに移り変わっていった──のだった。
あなたがかつて読んだ原作がその思い浮かべたままに映像化されていたとしたら、どうお感じになりますか?The Deadはわたしにとって原作を読んだことがある映画──のもっとも幸福な体験だった。

雄々しさや骨太を撮り続けてきたひとの最期が、アイルランドの死の景色だったことに打たれた。また映画人(俳優や監督)の遺作が、凡打なことは案外多いが、The Deadで閉じたジョンヒューストンは究極の花道だったと思う。

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津次郎
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