劇場公開日 1954年11月23日

「文楽好きなら必見です。」近松物語 栗太郎さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5文楽好きなら必見です。

2018年11月4日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

近松作「大経師昔暦」を下敷きに、川口松太郎が戯作化したもの。「おさん茂兵衛」は、落語や浪曲にもあるが若干設定が異なる。
江戸時代の風俗と当時の常識、商家の主従のしきたり、しみったれでイケズな大店の旦那、主人に忠義を尽くしながらも報われない奉公人、借金をこさえながらも懲りない当主、漁夫の利を得ようと画策する同業者、、まさに近松浄瑠璃の世界。もうその設定だけで、最後がどうなるのか、文楽好きには筋道が見えすぎている。見えすぎるから「退屈」なのではなく、見えすぎているからこそ「見届けたい」と思うのが文楽好きの心情か。
華奢に見えたおさんが恋の欲情に燃えて信念の女に変わっていく様、常に控えめだった茂兵衛が我が身を賭してもおさんに惚れ行く一途さ、目が離せなかった。おまけに、今ではどこにもないだろうロケ地や小道具の数々も眼福。
ほかの方が筋書き全部書いちゃっているのが、とにかく最後に群衆の一人(同じ店の下女だった娘)がつぶやく一言が胸に詰まる。その言葉が、報われることのなかった茂兵衛とおさんへの最大級のはなむけだった。

できれば江戸時代という社会を知っていればさらに楽しめます。例えば、主人が腰に差した小刀を刀架にさりげなくかけるのだが、そこで、ああこの家は名字帯刀を許された大店なのだな、と気づくと、そのあとの「商人ならいいかもしれんが、武家なら不義密通は磔だぞ」におののく主人の姿にすっと納得できる。
しかしまあ、小川を渡るときに茂兵衛がしたおさんの抱え方には驚いた。そう、着物では背負うことができないからなあ。

追記(2023.2.5.)
角川シネマ有楽町にて。
はじめてこの映画を劇場で見てから、何度かDVDでも観、近松ものの文楽も観た。そしてこの日、香川京子さんトークイベントありということで、改めて劇場観賞。なぜ、これほどまでに、おさんと茂兵衛の二人に心惹かれるのだろう。これほど純粋に人を好きになれることへの憧れからだろうか。舞台はモノクロの江戸時代であっても、人を好きになってその人のためなら、その人と一緒なら、どうなっても構いやしない、そう突き進むことの尊ささえ感じてしまう。
上映後の香川京子さんは、齢90を過ぎているとは思えぬほどの清楚さと、一線で活躍してきたからこそ漂う気高さに満ちていた。話は溝口監督の人となりや、浪花千恵子さんとの交流など。正直、話の内容云々よりも生の香川さんのおしゃべりが聞けることのありがたさで胸いっぱいだった。

栗太郎