コラム:どうなってるの?中国映画市場 - 第50回

2022年12月26日更新

どうなってるの?中国映画市場

北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数280万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”、そしてアジア映画関連の話題を語ってもらいます!


「スラムダンク」中国では“伝説の作品” 「THE FIRST SLAM DUNK」日本公開の反響は?

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2022年12月3日、「THE FIRST SLAM DUNK」がついに日本で公開されました。「SLAM DUNK(スラムダンク)」は週刊少年ジャンプで1990年代に連載された井上雄彦先生の漫画です。日本国内でも数多くの伝説を残しましたが、実は中国国内でも“伝説の作品”といっても過言ではありません。

「とうとうこの日が来ました! 2022年、私は神奈川県の映画館で『THE FIRST SLAM DUNK』を見ました。涙が止まらない!」

「私はいま東京にいます。これで私の青春が完結しました!」

「私の青春時代はとっくに終わりましたが、彼らは私の中で永遠に生きています!」

上に記したのは「THE FIRST SLAM DUNK」公開初日に、劇場に足を運んだ日本在住の中国人たちの感想です。どれも非常に気持ちがこもった感想ですよね。中国における「SLAM DUNK」は、もはや漫画・アニメという枠を遥かに超えた存在です。現在の中国社会の“中堅”と称される80~90年代生まれの人々に多大な影響を与えました。

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では、なぜこんなにも中国の人々に愛されているのでしょうか?

まず「SLAM DUNK」の話を始める前に、70~90年代の日中文化交流について、少し触れておきたいと思います。

1972年9月、日中共同声明の発表、中華人民共和国建国23年を経て、両国間の国交が正常化しました。そして1978年、日中平和友好条約によって、日中は蜜月期に入ります。政治、経済面はもちろんのこと、文化界の交流も一気に増えました。1979年、日本映画「君よ憤怒の河を渉れ」が中国で公開。同作は「文化大革命後に初めて公開された外国映画」として、空前のブームを巻き起こしました。観客動員数は8億人と言われており、主演・高倉健さんは中国で“国民的俳優”となり、今でも多くの中国人に愛されています。

80年代に入ると、中国のテレビ局が積極的に日本のアニメ作品を放送し始めました。当時の中国では、まだアニメの製作が少ない状況。日本のアニメ作品が放送されるたびに、話題になりました。特に「鉄腕アトム」が放送された際は社会現象化。多くの中国人が“アトム”をきっかけに、日本のアニメ世界に触れることになったんです。その後「ドラえもん」「一休さん」「聖闘士星矢」「北斗の拳」など、多くの日本アニメ作品が中国で放送されました。

私は、1988年の中国生まれ。日本のアニメから一番影響を受けた世代です。「北斗の拳」のような作品が夕方帯に放送され、非常に豊富なラインナップが揃っていました(現在の検閲制度を考えたら、あり得ないほど……!)。当時はまだインターネットが普及していないので、テレビの影響力が絶大でした。産業がまったく発達していない中国アニメに比べ、日本のアニメは圧倒的に面白かった。私と同じ世代の人々にとっては、なくてはならない存在でした。そして、90年代後半、「SLAM DUNK」の登場で中国における日本アニメの人気はピークに達します。

テレビアニメ版のビジュアル
テレビアニメ版のビジュアル

SLAM DUNK」が、中国本土に放送開始されたのは1998年頃。放送されたバージョンは、台湾のテレビ放送局「中華電視公司」が制作した吹き替え版でした。当時は、すでに日本アニメがブランドとなっているタイミング。新しい日本アニメが放送されるたびに、若い人々の間で話題になっていました。

SLAM DUNK」のブームは、放送直後から驚異的でした。作品自体の素晴らしさは言わずもがな。90年代中盤まで“青春”をテーマにしたアニメ作品は、中国で放送されていないわけではありません。しかし、全体と比べると本数は少なく、どちらかといえば70~80年代に制作された作品の方が多かった印象です。

まず「SLAM DUNK」は“時代とのギャップ”がなかったため、学生メインの視聴層が作品の世界に入りやすかった。そして「青春」「成長」「奮闘」といった共感できる要素が多かったため、男女問わず、放送直後から一気に人気に火が付いたんです。中国最大のソーシャル・カルチャー・サイト「Douban(豆瓣/ドウバン)」(アニメ版)では、10点満点中9.7という驚異的な評価(2022年12月25日時点)となっています。

実はアニメ作品という要素以外にも、いくつか人気の理由を挙げることができます。

1994年、中国の国営テレビ「CCTV」は、正式にNBA(北米で展開する男子プロバスケットボールリーグ。世界中のスポーツリーグ全体でみても屈指の人気と経済規模を誇る)の中継を始めました。ちょうどその頃は“伝説”マイケル・ジョーダンの全盛期。NBAの試合を見て、バスケットボールに憧れる子どもや学生が非常に多かった。そのため、バスケットボールを題材にした「SLAM DUNK」は、ほかのアニメ作品よりも幅広い層に注目されることになったんです。2000年代には、中国スポーツ界の伝説でもあるバスケットボール選手の姚明(ヤオ・ミン)がNBAのヒューストン・ロケッツに加入しました。長年、世界のトップリーグで活躍した姚明のおかげで、中国におけるバスケットボールの人気は高まり続けました。

こうした作品の魅力や社会的背景によって、「SLAM DUNK」は中国で伝説の作品となりました。

2010年代中盤、インバウンドの熱狂によって、多くの中国人観光客が日本に訪れました。人気スポットのひとつとして、江ノ島電鉄・鎌倉高校前駅の踏切が挙げられています。これは、完全に「SLAM DUNK」のパワーですね。アニメ版のオープニングに登場した踏切は、「SLAM DUNK」の聖地――中国、韓国からの“聖地巡礼者”の定番観光地となっています。

とはいえ、ここは観光地化されていない一般の踏切。コロナ以前は多数の観光客が訪れたことで、普通の住宅街でもある同エリアには、路上駐車、大量のゴミといった問題が発生し、地元住民の生活に影響を与えてしまいました。観光客による経済効果も無視できないため、今後のビジネス課題と言えるでしょう。

また中国国内の経済成長によって、海外作品のIPビジネスがどんどん加速しています。東映アニメーションは、2017年から上海に現地法人「TOEI ANIMATION (SHANGHAI)」を設立。中国における事業をさらに拡大しています。その一環として、中国企業と組んで「SLAM DUNK」のモバイルゲームを発売。これが非常に人気になりました。

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2021年1月、井上雄彦先生の公式Twitterで「SLAM DUNK」の映画化が発表された時は、日本国内だけでなく、中国をはじめ、海外でも大きな話題になりました。

中国のソーシャルメディア「Weibo(ウェイボー)」でトレンド入りを果たし、同作の情報を扱った投稿のPV数は億単位。その後の続報も毎回大きく注目されていました。この反響は、同じく12月公開を迎えたハリウッド大作「アバター ウェイ・オブ・ウォーター」に匹敵するほど。

日本での公開初日、日本在住の中国人たちは“それぞれの夢”を実現するかのように、こぞって劇場へと足を運びました。現時点の「Douban(豆瓣)」では、すでに2500人以上が“見た”をチェック。点数は9.3となっており、2022年公開の日本映画では暫定トップとなっています。

さらに、中国の新聞やテレビ局が「THE FIRST SLAM DUNK」の興収情報を取り上げています。これはかなり珍しい事態なんです。もはや社会的ニュースとして取り扱われています。

しかし、こんなポジティブな出来事の裏側で、非常にネガティブなことも起こってしまいました。

公開初日、「Weibo」「bilibili(ビリビリ」「Douyin(ドウイン)」などに盗撮動画がアップされてしまったんです。それらの中には、10分以上の本編映像も存在しています。著作権意識がまだまだ低い中国では、この盗撮映像が拡散され、再生回数が数十万、数百万にも及んでいました。

一部のユーザーからは「こんなことをすると、日本では逮捕されるよ」「日本の警察、早く動いてください!」「お前らは中国人の恥だ」といった批判のコメントが出ましたが、効果はそれほど大きくなく……いまだに本編映像が掲載された投稿が残っています。現時点では東映アニメーションから声明は出ていませんが、今後中国公開を考えるのであれば、いち早く解決してほしいと願っています。

中国における「SLAM DUNK」の大成功。さまざまな社会的背景の影響は確かにありましたが、最も大きな要因は作品自体の魅力に違いありません。配信の時代に突入し、よりグローバル化が進んでいる映像コンテンツ業界。国際的ブランドとなった日本のアニメ・マンガには、無限の可能性があると感じています。

筆者紹介

徐昊辰のコラム

徐昊辰(じょ・こうしん)。1988年中国・上海生まれ。07年来日、立命館大学卒業。08年より中国の映画専門誌「看電影」「電影世界」、ポータルサイト「SINA」「SOHA」で日本映画の批評と産業分析、16年には北京電影学院に論文「ゼロ年代の日本映画~平穏な変革」を発表。11年以降、東京国際映画祭などで是枝裕和、黒沢清、役所広司、川村元気などの日本の映画人を取材。中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数は280万人。日本映画プロフェッショナル大賞選考委員、微博公認・映画ライター&年間大賞選考委員、WEB番組「活弁シネマ倶楽部」の企画・プロデューサーを務める。

Twitter:@xxhhcc

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