コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第55回

2013年11月29日更新

芝山幹郎 テレビもあるよ

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、毎月、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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「何がジェーンに起ったか?」

ウォルター・ヒル監督によるリメイクも噂される 2大女優による愛憎劇
ウォルター・ヒル監督によるリメイクも噂される 2大女優による愛憎劇

もし現在、ハリウッドが「何がジェーンに起ったか?」をリメイクするとしたら、主演女優はメリル・ストリープダイアン・キートンあたりになるのだろうか。これが10年後だったら、ジュリア・ロバーツケイト・ブランシェットという線も考えられる。

何がジェーンに起ったか?」は1962年公開の映画だ。いまでは史上屈指のソシオパス(異常性格者)映画として燦然たる輝きを見せているが、公開当時、最も話題になったのは54歳のベティ・デイビスと58歳のジョーン・クロフォードが共演したことだった。私生活でも犬猿の仲だった両者が、どんな芝居を見せるのか。

ふたりが演じたのは、ハリウッドの邸に暮らす姉妹だ。デイビスの演じるジェーンは、子供のころにスターだったが、たちまち忘れ去られてしまった。クロフォードが扮した姉のブランチは、そのあとでスターダムにのぼるものの、不慮の事故が原因で半身不随の生活を強いられている。そんなふたりの、憎しみと復讐心と相互依存を、監督のアルドリッチは複眼的な視点で粘り強く描き出す。ときには幽閉されたブランチの眼で。ときには偏執狂的な看守のようなジェーンの眼で。

高齢を懸念した周囲の声をあざ笑うように、ふたりの女優は恐るべき執念を見せた。デイビスの厚塗りと大芝居はナイフで切れるほど凄まじいし、受けにまわったクロフォードも驚異的な辛抱強さで「無力」を体現する。加えて効果を挙げているのが、階段や車椅子や鉄格子や電話機の活用だ。ジェーンの留守中に「牢獄」を逃れようとするブランチの悪戦は、映画のハイライトといってよい。

アルドリッチは、黒白のコントラストを生かした画面でこの怪異譚を語る。老婆の嗜虐と老婆の絶望の交錯。「ソシオパス映画」という規定だけでは、やはり間尺に合わない。この映画には、ゴシックホラーやメロドラマやスリラーの要素もたっぷり詰まっている。

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何がジェーンに起ったか?

WOWOWシネマ 12月10日(火) 23:30~02:00

原題:What Ever Happened to Baby Jane?
製作・監督:ロバート・アルドリッチ
脚本:ルーカス・ヘラー
撮影:アーネスト・ホーラー
音楽:フランク・デ・ボール
出演:ベティ・デイビスジョーン・クロフォードアンナ・リービクター・ブオノ
1962年アメリカ映画/2時間14分

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「戦場のメリークリスマス」

狂気に走る美貌の軍人を演じた二人の ミュージシャン、D・ボウイと坂本龍一
狂気に走る美貌の軍人を演じた二人の ミュージシャン、D・ボウイと坂本龍一

語り口がぎくしゃくしている。アマチュア俳優の演技がしばしば噛み合わない。説明的な回想部分が映画の流れを妨げている。

欠点だけを先に述べると、「戦場のメリークリスマス」は失敗作に見える。「少年」や「愛のコリーダ」に比べても、密度や完成度はけっして高くない。英語を主言語とする映画を初めて撮った大島渚が、意思の疎通をさえぎられてとまどっているようにも見える。

舞台は、1942年のジャワにあった日本軍の捕虜収容所だ。日本軍にはヨノイ大尉(坂本龍一)とハラ軍曹(ビートたけし)がいる。捕虜のなかにはロレンス大佐(トム・コンティ)とセリアズ中佐(デビッド・ボウイ)がいる。

普通に考えるなら、そこで起こるのは異民族や異文化の摩擦だ。大島渚自身、権力と供犠の関係や、けっして交わらぬ人間関係を描くことには、前々から執着を抱いてきた。

だがこの映画は、微妙な感じでずれていく。同性愛的な感情が生まれたり、嗜虐性と畏怖が同居したり……この辺までなら脚本の想定内なのだが、俳優たちの身体や行動が途中から逸脱し、異様な表情を帯びはじめるのだ。

わかりやすくいうと、セリアズの勇気は狂気に変化する。ヨノイの武士道精神も狂気に乗っ取られる。文化の異なる狂人同士が、支配と被支配の関係を保ったまま愛憎をもつれ合わせたらどうなるか。

それだけでも異様な匂いが立ち込めてくるのに、狂気に走る美貌の軍人を演じるのは、これまた狂気を秘めた美貌のミュージシャンふたりなのだ。誤解を恐れずにいうなら、「戦場のメリークリスマス」の印象は、社会派映画というより怪奇映画に近い。たぶん大島渚には、異形のものに惹かれる体質が強いのだろう。捕虜収容所の深層に潜む複雑な無意識。手を触れることはできても、つかみとるのはやはり至難の業だ。

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戦場のメリークリスマス

WOWOWシネマ 12月29日(日) 09:00~11:15

原題:Merry Christmas, Mr. Lawrence
監督:大島渚
製作:ジェレミー・トーマス
原作:ローレンス・バン・デル・ポスト
脚本:大島渚ポール・メイヤーズバーグ
音楽:坂本龍一
出演:デビッド・ボウイ坂本龍一、ビートたけし、トム・コンティジャック・トンプソン内田裕也ジョニー大倉室田日出男
1983年イギリス=日本合作/2時間3分

筆者紹介

芝山幹郎のコラム

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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