コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第35回

2012年3月26日更新

芝山幹郎 テレビもあるよ

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、毎月、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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「秋刀魚の味」

小津安二郎の遺作。写真は岩下志麻(左)と笠智衆
小津安二郎の遺作。写真は岩下志麻(左)と笠智衆

いまさらいうまでもないが、ジム・ジャームッシュアキ・カウリスマキは、小津安二郎の映画に多大な影響を受けている。小津のカラー映画を見るたび、私はその事実を痛感する。お約束の登場人物、お約束のキャメラ・アングル、お約束の編集リズム、そしてお約束の色彩設計。中仕切りのように挿入されるフィックスの映像はもちろんのこと、赤や黄を鮮やかな差し色に使う手法などを見ても、その特徴は明らかに継承されている。

逆にいうなら、小津の映画は依然として古びない。いや、不滅と呼び換えたほうがよいか。私はときどき小津から離れるが、一定の期間を置くと、かならず彼の映画に戻りたくなる。そして、戻るたびに彼の文体を実感する。戻れば戻るほど、彼の文体はじわりと肌に沁みてくる。なるほど、そうだろうな。映画作家だったら、思わず真似をしたくなる文体だろうな。私はつぶやく。つぶやいて、映画に身を浸す。

秋刀魚の味」も見飽きない映画だ。小津の遺作で、名作「晩春」の血を引いていて、なんともいえず美しい。なぜ美しいかといえば、「世界と人生が不完全であること」を静かに受け入れているからだ。

底流にはあきらめがある。諦念、といいかえるべきかもしれないが、九鬼周造も指摘したとおり、「あきらめは粋に通じる」。だから、というわけでもないが、「秋刀魚の味」はとてもさらりと省略を利かせている。主題となる父と娘の関係にしたところで、くどい説明が加えられるわけではない。むしろ、ふたりの周囲にいる人々の反応を描くことで、父娘の関係があぶりだされるようにできている。ああ、巧いなあ。岩下志麻の花嫁衣裳につけられた赤い房飾りも、まるで一滴の涙だ。笠智衆はもちろん素晴らしいが、中村伸郎岸田今日子杉村春子加東大介といった脇役がなんとも渋い。舐めるように見直してもらいたい映画だ。

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秋刀魚の味

BSプレミアム 4月25日(水) 13:00~14:54

監督:小津安二郎
脚本:野田高梧、小津安二郎
撮影:厚田雄春
音楽:斎藤高順
出演:岩下志麻笠智衆佐田啓二岡田茉莉子中村伸郎北竜二
1962年日本映画/1時間53分

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「ザ・タウン」

ベン・アフレックの監督第2作。今秋公開となる 第3作の政治スリラー「Argo」にも期待がかかる
ベン・アフレックの監督第2作。今秋公開となる 第3作の政治スリラー「Argo」にも期待がかかる

声でいうなら、ボブ・シーガーやローウェル・ジョージだ。その声にベースギターの音がからんで、渋い味わいを醸し出す。

といっても、重たくはならない。パルプマガジンの感触があり、ブルーカラー(というか、ほとんど職業的犯罪者だが)の登場人物に体温がかよっている。そして、ここがなによりのポイントだが、彼らの背景となる街の気配がよく描かれている。

ザ・タウン」の舞台は、ボストンのチャールズタウンだ。この地域は、全米で最も銀行強盗事件が多い。映画も、強盗の場面からはじまる。猿のお面をかぶった4人の男が銀行を襲い、女支店長クレア(レベッカ・ホール)を人質に取って逃走するのだ。

男たちは地元のワルだ。FBIも捜査の網を狭めているが、なかなか尻尾がつかめない。主犯格のダグ(ベン・アフレック)は冷静で、頭が切れる。一方、彼の右腕のジェム(ジェレミー・レナー)は気が短く、暴発しやすい。そんなダグが、クレアと恋に落ちる。クレアはもちろん、ダグの正体を知らない。ジェムは危険を予感して、クレアを消そうとする。そうこうするうち、つぎのヤマが近づく。場所は、あのフェンウェイ・パークだ。

第2の犯行は「現金に体を張れ」(56)を思わせるが、「ザ・タウン」の設定には「暗黒街」(27)や「エディ・コイルの友人たち」(73)とも似たところがある。ワイルドだがちょっとブルージーな男たちの芝居に味があって、紅葉の季節を迎えたボストンの描写が眼に沁みる。もともとこの一帯は、監督も兼ねるベン・アフレックの地元だ。だから、映像も浮わつかない。アクション場面では意外なほど古典的なカットバックが多用されているが、このシンプルさも悪くない。「ザ・タウン」は、見落とすと損をする映画だ。私は試写で見逃し、劇場へ追いかけてこの映画を見た。

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ザ・タウン

WOWOWシネマ 4月23日(月) 22:45~01:00(字幕版)

原題:The Town
監督:ベン・アフレック
脚本:ピーター・クレイグアーロン・ストッカードベン・アフレック
撮影:ロバート・エルスウィット
音楽:デビッド・バックリー、ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ
出演:ベン・アフレックジョン・ハムレベッカ・ホールブレイク・ライブリーピート・ポスルスウェイトジェレミー・レナー
2010年アメリカ映画/2時間5分

筆者紹介

芝山幹郎のコラム

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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