コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第17回

2001年5月1日更新

FROM HOLLYWOOD CAFE
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今夏ハリウッドが予定通りストライキに突入すれば、撮影中のほぼすべての映画が製作停止となる。当然公開日も大幅にずれることになるのだが、なかでも「マトリックス2・3」への影響が気になる人が多いのではないだろうか。当初は2002年の夏に「2」を、冬に「3」を公開する予定だったが、製作開始が遅れたため(3月27日に米オークランドでクランクイン)、「2」の公開予定はいまのところ2002年の冬。ストライキが長引けば、もちろんそれだけ公開は遅れることになる。同作のファンなら、そんなに待ってらんないよお、と思うのが正直なところだと思う。実は、そんな「マトリックス」ファンにおすすめしたい映画がある。「MEMENTO」というインディペンデント映画で──MEMENTOとは「想い出」とか「記憶」という意味だ──、SFでもアクションでもないのだが、共通点が少なくないのだ。

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「MEMENTO」は愛妻殺しの犯人を追う男の物語だ。ストーリー自体はよくある復讐劇なのだが、ひねりがひとつ。ガイ・ピアース演じる主人公が記憶障害を煩っているのだ。自分の生い立ちは覚えていても、事件以後の記憶はまったくなく、新しい情報もまるで覚えることができない。たとえば、今誰かと話していても、5分後には会話の内容はおろか、その相手のことさえ完全に忘れてしまう。そんな主人公は頻繁にメモを取り、胸に犯人の名を入れ墨で刻むことで、自分の使命を果たそうとしている。物語は徹底して主人公の視点で描かれ、メモを読んで記憶がよみがえるたびに、映画は「巻き戻し」を繰りかえす。つまり、ストーリーが現在から過去へと逆行していく映画なのだ。メモを頼って生きる主人公だが、時間をさかのぼる度に、彼が信じている現実と、ほんとうの現実とのあいだにひずみが生じていることが露わになっていく。観客は自らの頭でパズルを組み立てていくという仕組みだ。アイデンティティを失った主人公という設定、そして、頭がよじれていく映画体験は、「マトリックス」そのもの。キャリー=アン・モスやジョー・パントリアーノらが低予算映画にもかかわらず出演を志願したのも、この点と無関係ではないはずだ。

ここには目の覚めるようなカンフーアクションやCGはないが、はりつめた緊張感と、ゾクゾクする頭脳ゲームが楽しめる。映画のラストにはショッキングな種明かしが待っているのだが、ディテールまでしっかりとつじつまが合っているのも感心だ。「MEMENTO」を2度、3度と見直すリピーターも多いと聞くが、それも納得である。

脚本も執筆したクリストファー・ノーランはまだ31歳の新人監督だ。「MEMENTO」でその手腕が認められたノーラン監督の次回作「INSOMNIA」は、なんとオスカー監督スティーブン・ソダーバーグがプロデュース、出演はアル・パチーノ、ロビン・ウイリアムス、ヒラリー・スワンクと超豪華。期待のフィルムメーカーであることは間違いない。「MEMENTO」の日本公開はまだもう少し先だけれど、どうかこの映画を覚えていてほしい。刺激的な映画に飢えている映画ファンなら、絶対に楽しめるはずだから。

筆者紹介

小西未来のコラム

小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。

Twitter:@miraikonishi

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