コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第111回

2009年3月4日更新

FROM HOLLYWOOD CAFE

第111回:世に多大な影響を与えた「ウォッチメン」の魅力

ウォッチメン」がグラフィックノベルの金字塔であることは以前から知っていた。ニール・ゲイマンやジョス・ウェルドン(「バフィー/恋する十字架」)、デイモン・リンデロフ(「LOST」)など、いま注目のクリエイターがこぞって影響を受けた図書として挙げているし、05年にTIME誌が発表した現代の英語小説オールタイムベスト100に、グラフィックノベルから唯一選ばれたことでも有名だ。

圧倒的な情報量で原作の世界を再現する
圧倒的な情報量で原作の世界を再現する

しかし、ぼくはこれまで「ウォッチメン」をずっと避けてきた。アメコミのフォーマットに慣れていないから読むのが面倒だし、難解そうだし、とにかく長大だ。もっと若い頃に出会っていたら、果敢に挑んでいたかもしれないけれど、いまでは難しそうなもの、時間がかかりそうなものを避けるようになってしまった。ジェイムズ・ジョイスの「ユリシーズ」もいまだに読んでいないし。

しかし、あることがきっかけで「ウォッチメン」に挑戦することになった。それはもちろん、もちろんザック・スナイダー監督の映画版の登場である。

昨年、ワーナー・スタジオ内にある製作会社Cruel & Unusualで、スナイダー監督を取材した。仕上げの真っ最中だったので、映画はまだ完成していなかったのだが、数場面を見せてもらえることになった。なかでも衝撃を受けたのが、オープニングタイトル場面だ。「ウォッチメン」の舞台は、ニクソン大統領が任期を引き延ばし、いまだに政権を握っている1985年である。タイトルシークエンスでは、ボブ・ディランの「時代は変わる」に合わせて、「ウォッチメン」世界におけるアメリカ史が駆け足で紹介されることになる。史実が虚構と見事に混ざりあい、複雑で重層的な世界を構築しており、そのとてつもない想像力とディテールへのこだわり、なにより圧倒的な情報量に完全に打ちのめされてしまった。フッテージ上映のあと、ぼくは強い欲求に襲われた。この物語をぜひとも知りたい。知らなきゃいけない、と。

タイミング良く、アメリカではグラフィックノベルを映像化した「Watchmen: The Complete Motion Comic」というのがリリースされた。原作のイラストを駆使して作られた簡易アニメーションで、アメコミを読むのが苦手なぼくにはぴったりだ。かくして、ようやく「ウォッチメン」と向き合うことになったのである。

強烈なキャラクターをもつ 登場人物たちも魅力
強烈なキャラクターをもつ 登場人物たちも魅力

ウォッチメン」を読み始めて(正確には、ビデオ鑑賞なのだが)すぐに様々な作品への影響に気がついた。かつてのヒーローたちがいまは法律によって活動を禁止されている、という設定は「Mr.インクレディブル」と同じだし、現在進行中のドラマと平行して、各キャラクターの過去が描かれる構造は「LOST」と同じだ。「ウォッチメン」の影響がもっとも顕著なのは「HEROES/ヒーローズ」で、かつてのヒーローたちがつぎつぎ殺害されていくという筋立てから、重要キャラクターが時計屋の息子である点、あるシンボルが象徴的に頻出する点、ニューヨークが大災害に襲われる点など、共通点が信じられないほど多い。これらの作品が好きなぼくにとって、その元ネタともいえる「ウォッチメン」を嫌いになるわけがなく、たちまちぼくはその物語世界に没頭してしまった。

ウォッチメン」の魅力を語り始めると紙面が足りなくなるので割愛しなければならないが、ぼくが個人的にもっとも刺激を受けたのは、やはり「LOST」的ストーリー構造だ。「ウォッチメン」は、現在を舞台に進行するミステリーに、登場人物たちのフラッシュバックが挿入される形になっている。ミステリー好きの読者にとっては不親切な構造といえるが、そもそも犯人捜しが「ウォッチメン」のテーマではない。「ウォッチメン」の主役はあくまでも個性的な登場人物たちであり、彼らの過去を知ることが、現在の行動を理解するために不可欠なのだ。たとえば、1話のなかで、ドクター・マンハッタンが過去・現在・未来へと時空をノンリニアに行き来する第4章は、目眩がするほど野心的なエピソードだった。

原作を読むと、どうして「ウォッチメン」が映画化不可能と言われたのかよく分かる。フラッシュバックを極力省き、ミステリー部分だけを抽出すれば2時間以下の映画になるが、それでは「ウォッチメン」といえない。逆に、原作を完全に映画化すれば、「Watchmen: The Complete Motion Comic」のように6時間以上になってしまう。

ようやく完成したザック・スナイダー版「ウォッチメン」は2時間43分。制約のなかで、スナイダー監督が原作を最大限尊重したことがよくわかる。でも、原作を読んだ今となっては、もっと長くても良かったと思う。

筆者紹介

小西未来のコラム

小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。

Twitter:@miraikonishi

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