コラム:細野真宏の試写室日記 - 第41回

2019年10月2日更新

細野真宏の試写室日記

映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。

また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。

更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)

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第41回 「ジョーカー」。早くも本年度アカデミー賞は確実かな、と本気で思えた快作!

2019年9月25日@ワーナー試写室

これまでは、アカデミー賞に関係する作品は、賞レースが大いに話題になっている最中か、その直後に日本は遅れて公開、というパターンが多いのですが、本作「ジョーカー」については今週末の10月4日(金)から全米と日本が同日公開となります。

ジョーカー」というタイトルを見て、ピンとくる人と、こない人と分かれるのでしょう。

ただ、「バットマン」という作品を知らない人はいないでしょう。

“ジョーカー”というのは、その「バットマンに登場する悪役のニックネーム」です。

そうなると、「じゃあアメコミ映画は興味がないからいいや」と判断してしまう人も出るのでしょうが、ちょっと待ってください!

本作は確かに「DCコミックスのキャラクターが主人公の映画」ですが、これまでのような「スーパーヒーローが出てくる典型的なアクション重視のアメコミ映画」ではなく、「一般人であった1人のコメディアン志望の人間が、なぜ“ジョーカー”という悪の象徴的な人物になっていったのか」という物語なのです。しかも、原作はあくまでモチーフに過ぎない「完全オリジナルストーリー」で「かなり深い人間ドラマ」となっています。

その分かりやすい事例として、毎年8月末から9月初旬に開催される今年のヴェネチア国際映画祭では最高賞の「金獅子賞」を受賞したのです!

このヴェネチア国際映画祭というのは、通常それほど日本では話題になりませんが、カンヌ国際映画祭、ベルリン国際映画祭とならぶ「世界3大映画祭」の1つで、割と地味な作品が選ばれる傾向があります。

ただ、この3年で見ると、昨年の「金獅子賞」は「ROMA ローマ」、2年前は「シェイプ・オブ・ウォーター」といったアカデミー賞関連作品が選ばれていて少し変化が見られますが、その映画祭で「最高賞をアメコミ関連作が初の受賞」という快挙からも、本作「ジョーカー」の特殊性が分かると思います。

画像1

まず、主演のアーサー(ジョーカー)を演じたのはホアキン・フェニックスで、恐らく本年度のアカデミー賞の主演男優賞は早くもホアキン・フェニックスに決まったと思います。

そもそも、このホアキン・フェニックスという役者は、狂気のバランスが普通の俳優にはない次元で、アカデミー賞のために存在する役者と言っても過言ではないくらいの演技派男優なのです。

ただ、これまでに「グラディエーター」ではアカデミー助演男優賞、「ウォーク・ザ・ライン 君につづく道」ではアカデミー主演男優賞、「ザ・マスター」ではアカデミー主演男優賞と、3度アカデミー賞にノミネートされましたが、対抗馬が強く受賞するには至っていません。

特に2005年度の、有名なシンガーであるジョニー・キャッシュを演じた「ウォーク・ザ・ライン 君につづく道」ではゴールデングローブ賞で主演男優賞 (ミュージカル・コメディ部門)を受賞しましたが、同じくゴールデングローブ賞で主演男優賞(ドラマ部門)を受賞した「カポーティ」の故フィリップ・シーモア・ホフマンがアカデミー賞の主演男優賞を受賞しました。

(この2005年度のアカデミー賞は本当に主演男優賞は激戦で、2008年の「ダークナイト」で“ジョーカー”を演じアカデミー賞の助演男優賞を受賞した故ヒース・レジャー も、「ブロークバック・マウンテン」でノミネートされています )

ちなみに、このジョニー・キャッシュの半生を描いた名作「ウォーク・ザ・ライン 君につづく道」では、ホアキン・フェニックスリース・ウィザースプーンは劇中の歌をすべて自分で歌っていて、リース・ウィザースプーンのほうは、ゴールデングローブ賞に加えてアカデミー賞でも「主演女優賞」を受賞しています。

「ウォーク・ザ・ライン 君につづく道」
「ウォーク・ザ・ライン 君につづく道」

ただ、ようやく本作では、ホアキン・フェニックスに“ジョーカー”というキャラクターが見事にはまり圧倒的な存在感になったので、よほどのことが起こらない限り本年度のアカデミー賞の主演男優賞は固いと思います。

しかも、本作「ジョーカー」は主演男優賞にとどまらず、作品賞、監督賞、脚色賞など主要部門でもノミネートはほぼ確実で、(これからの作品次第ですが)場合によっては、ロバート・デニーロの助演男優賞のノミネートもあり得ると思われます。

本作で注目したいのは、監督、脚本は「ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習」で脚本を手掛け、“まさか”のゴールデングローブ賞の「作品賞」(ミュージカル・コメディ部門)を受賞したトッド・フィリップスである点です。

“まさか”の、と書いたのは、恐らく誰もがほぼノーマークだった作品で、まさに日本でも、この受賞を受け「緊急公開」が決まったほどでした。

主演がサシャ・バロン・コーエンであることから、分かる人には分かると思いますが、割と下品な作品ではあります(笑)。

ただ、やはり「コメディ映画」としては、かなりクオリティーが高いです。

そして、 トッド・フィリップスが次に手掛けたのはブラッドリー・クーパー主演の「ハングオーバー」シリーズで、こちらは脚本に加えて監督も手掛けています。

しかも、この「ハングオーバー」も第1弾の「ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」がゴールデングローブ賞で「作品賞」(ミュージカル・コメディ部門)を受賞して、こちらも日本では緊急公開のような扱いでした。

私の持論に「クオリティーの高いコメディ映画を作れる人が、本気で社会派映画を作ったら凄い出来になる確率が高い」というのがあります。

例えば、「マネー・ショート 華麗なる大逆転」「バイス」 のアダム・マッケイ監督などがその象徴でしょうか。

それだけ「クオリティーの高いコメディ映画」というのはハードルが高いとも言えます。

まさに、そんな優れたコメディ映画を作ってきたトッド・フィリップス監督ですから、ヴェネチア国際映画祭で最高賞の「金獅子賞」も納得ができるのです。

「ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」
「ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」

さて、本作「ジョーカー」を見る際の予備知識として知っておくと良さそうなのは、ジョーカーが将来的に戦うことになる「バットマン」の子供時代のブルース・ウェインと出会うことでしょうか。

また、ブルース・ウェインの父親で大富豪のトーマス・ウェインは、主人公のアーサーも住むゴッサム・シティの市長選に立候補して、何とかゴッサム・シティの腐敗を食い止めようとしています。

そのくらいの予備知識で十分で、あとはアメコミとしてではなく、どことなく時代背景も現在の世界と合っている「上質なヒューマンドラマ」として見るのが正しいと思います。

強いて言えば、「バットマン」シリーズで伝説的な作品となっているクリストファー・ノーラン監督の「ダークナイト」くらいは見ておいてもいいのかもしれませんが、本作「ジョーカー」は、あくまでオリジナル作品で、過去の、どの作品とも独立しています。

そのため、この作品の続きがあるかどうかは「すべてホアキン・フェニックスの判断待ち」という状況になっているのです。

ちなみに、主人公のアーサーは、ちょっと妄想癖もある人物なので、2回見ると全てがクリアになって、作品の凄さがより伝わりやすくなると思います!

では、肝心の興行収入ですが、本来であれば20億円程度は十分に狙えるはずですが、これまでの「バットマン」シリーズで最高傑作と言われ2008年の公開時は「タイタニック」に次いで全米の「歴代興行収入2位」まで記録した名作「ダークナイト」ですら、日本での興行収入は16億円だったので、まずは15億円規模には到達してほしいと思います。

果たして、「アメコミ」という枠を超えられずに終わってしまうのか、もしくは「アカデミー賞級の作品の出来の良さ」も加味され通常より多くの層にまで評価が広がるのか、今後の日本のマーケットを考える上でも注目です!

筆者紹介

細野真宏のコラム

細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。

首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。

発売以来14年連続で完売を記録している『家計ノート2024』(小学館)がバージョンアップし遂に発売! 2024年版では「物価高騰時代にお金を増やす方法」を徹底解説!

Twitter:@masahi_hosono

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