コラム:私を爆音に連れてって - 第3回

2010年5月24日更新

私を爆音に連れてって

音楽ライブ用の音響装置を使い、大音量で映画を見るド迫力かつ新鮮な映画体験が話題を呼んでいる「爆音映画祭」(5月28日〜6月12日、東京・吉祥寺バウスシアターにて)。同映画祭のディレクターを務める映画評論家の樋口泰人氏は、なぜ爆音映画に魅せられたのか? 樋口氏自身の印象に残った上映や作品を振り返りながら、爆音映画の魅力に迫ります。(全3回)

最終回 爆音上映は「一瞬と永遠の交錯」を最大限に広げる試みでもある

「アメリカン・ギャングスター」 プレミアでのジェイZ
「アメリカン・ギャングスター」 プレミアでのジェイZ

「爆音映画祭」というネーミングはものすごくストレートで分かりやすくていいのだが、「爆音」というイメージにすべてが集約されて流通することになり、「いやそれだけじゃあないんだよなあ」という気持ちも沸く。知人・友人たちに爆音上映の話をすると、ときどき、「大きい音は苦手だから」という反応もあり、「普通の映画館の音だって十分大きい」という意見も聞く。そのたびに、「爆音上映というのは音がでかいだけじゃないんだよ」と説明するのだが、どうもうまくいかない。

バウスシアターの場内で爆音が聞こえてきたときのあの感じ、スピーカーから出てきた音が空気を震わせ座席に座る自分の身体をマッサージしながらゆるゆると体内に侵入して内側から化学変化を起こしていくような身体感覚を、一体なんと説明したらいいのか。爆音上映を始めて5年以上経つというのにまだ最適の言葉が見つからない。もどかしいことこの上ないのだが、たぶん映画を見るとはそういうことなのだ。説明のつかない高揚感、言葉にできないもやもやを体内に蓄積し、いつかそれらが体外に溢れ出す予感。映画の蓄積の果てに自分自身コントロール不能の行動を起こしてしまう、まさに映画と人生が一体となる瞬間を夢見ることが、映画を見るということなのだ。

映画好きの多くが、映画のような人生を送ってみたいと一度は願う。しかしおそらくその人が願う「映画のような人生」とは別の形で、映画は人生に介入する。私が爆音上映を始めたのもそうだし、UCLAの映画学科でフランシス・フォード・コッポラと同期生だったジム・モリソン(ドアーズ)がある日歌を歌い始めたのもそうかもしれないし、「アメリカン・ギャングスター」を見たジェイZが即行で同名のアルバムを作ってしまったのもそうかもしれない。どうしてそうなったのかそうしたのか説明のつかない一瞬の出来事が、その後のすべてを変えてしまう。そんな一瞬と永遠が交錯する場所が、映画館ではないかと思う。

レオス・カラックスの「ポーラX」
レオス・カラックスの「ポーラX」

爆音上映は、その「一瞬と永遠の交錯」を最大限に広げる試みでもある。ひとりの人間の人生より大きなものをひとりの人間の体内に注入する。その膨らみと厚みを抱えながら生きる。何だか自分がとんでもなく大それた人間になったみたいで、思わずニコニコしてしまう……かどうかは人それではあるのだが、つまり何を言いたいのかというと、爆音上映の音は耳で聴くのではなく身体で、そしてそれまで生きてきた人生とこれから生きていくはずの人生全体を最大限に拡張させながら聴くものであるということ。

今回の映画祭で上映される作品で言うと、レオス・カラックスの「ポーラX」から聴こえてくる音は、映画の物語を支えたり解説したりしてくれるものというより、映画が語りきれない映画以上の何かに映画自体がぶつかったその反響音ではないかとさえ思える。感情や知性を超えた音と言ったらいいか。私たちが認知できる限界を超えたどこかから、それらの音は響いてくるのである。そんな音を身体全体で受け止める体験として、爆音上映はあるのだ。

だから一度見た映画だからといってもう見ないということではなく、一度見た映画だからこそ見て欲しいと思う。そこではかつて見たことも聴いたこともなかった何かが起こっているはずだ。映画は生き物である。

※第三回爆音映画祭はいよいよ、5月28日(金)より開催!

>>「第三回爆音映画祭」ホームページはこちら

筆者紹介

樋口泰人のコラム

樋口泰人(ひぐち・やすひと)。映画評論家、爆音映画祭ディレクター。ビデオ、単行本、CDなどを製作・発売するレーベル「boid」を98年に設立。著書に「映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか」 「映画は爆音でささやく 99-09」 、編著に「ロスト・イン・アメリカ」など。

Twitter:@boid_bakuon/Instagram:@vogboidbakuon/Website:https://www.boid-s.com/

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