コラム:映画館では見られない傑作・配信中! - 第2回

2019年5月22日更新

映画館では見られない傑作・配信中!

配信映画がかなえた“見る異文化体験” アジア最新ヒット作をいち早くチェック!

映画評論家・プロデューサーの江戸木純氏が、今や商業的にも批評的にも絶対に無視できない存在となった配信映像作品にスポットを当ててご紹介します!

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今回取り上げるのは、「ムトゥ 踊るマハラジャ」(1995)の“スーパースター”ラジニカーント主演最新作となるタミル語インド映画「Petta」(カタカナ表記:ペーッタ)と、中国ですでに興収750億円を突破するメガヒットを記録している中国製SF超大作「流転の地球」の2本。それぞれ1月10日、2月5日に本国で劇場公開されたばかりの話題作が、日本劇場未公開&ビデオ未発売のまま、すでにNetflixで日本語字幕つき(「流転の地球」は吹き替え版も)で世界同時配信されているという事実だけでも十分な“事件”である。(※「Petta」は在日インド人向け日本語字幕なしの上映会が数回開催されている。)

「Petta」主演のラジニカーントはなんと現在68歳!
「Petta」主演のラジニカーントはなんと現在68歳!

正直な話、この2本、どちらもパワフルな娯楽映画なのだが、物語的には各所で破綻しているし、突っ込みどころが満載で、傑作や名作というより怪作と呼ぶべきタイプの作品だ。だが、だからこそ多くの日本の映画ファンに見て欲しい。

最大の理由は、この2本が外国の観客のことなど考えず、自国(母国語圏)の観客を第一に喜ばせるために作られた極めてドメスティックな純国産映画だから。つまり、随所に登場する、外国人には理解不能な強引な展開や国際的バランス感覚の欠如こそが大きな見所、この違和感や驚きこそが“見る異文化体験”としての知られざる外国映画を見る楽しみそのものなのである。

カルティック・スッバラージ監督の「Petta」は、インド北部ヒマラヤ山脈の麓ダージリンのとある大学から始まる。金持ちの子息ばかりを集めたその学校は風紀が乱れ、学生寮では不良上級生たちによるいじめが横行していた。そこに現れたのが新しい寮長カーリ。彼は食堂の不味い料理を改善し、いじめを一掃、さらに愛し合う学生の恋を成就させる。だが、カーリがその学校にやってきたのにはある別な理由があった。やがてカーリの目的が明らかになると、物語は20年前にマドゥライで起こったある悲劇を語り、そして想像を絶する復しゅう劇へと暴走していく。

ドラマシリーズ10話分くらいの内容を約3時間に詰め込んだ濃厚な喜怒哀楽のコースターライドは、ラジニ(現在68歳)が驚異の若作りで歌い、踊り、ヌンチャクを振り回し、見得を切る無敵のラジニ歌舞伎上級者コース。そこで繰り広げられるのは「ムトゥ 踊るマハラジャ」の明るい楽しさとはまったく別次元の壮絶な復しゅう迷宮。これだけ人を殺しまくるラジニは珍しく、驚くファンも多いと思うが、実は南インドの娯楽映画、特にアクションのジャンルには暴力性の強い作品が多く、「ムトゥ 踊るマハラジャ」のように徹底的にハッピーな作品の方が珍しいのだ。

「ムトゥ 踊るマハラジャ」より
「ムトゥ 踊るマハラジャ」より

まるで西部劇のように殺人や復しゅうが肯定される世界は、欧米式倫理に慣らされた目にはかなり衝撃的で、受け入れ難いと考える人も少なくないだろう。でも、これこそ間違いなくインドの観客が求めているインド映画の“今”なのだ。すでにビデオ発売やデジタル配信が開始されている名作「ムトゥ 踊るマハラジャ」の4K&5.1chデジタルリマスター版とぜひ見比べて欲しい。また、ラジニ主演作では「ロボット」の続編「2.0(原題)」も秋には劇場公開されるようだ。

一方、グォ・ファン監督の「流転の地球」は、太陽の寿命が迫り膨張する太陽系から地球を脱出させるという国際プロジェクトが進むなか、新たに木星との衝突の危機が発生してサァ大変。命知らずの中国人チームが行き当たりばったりの無謀な作戦を実行し、地球の危機を救おうとするというお話。要するに、中国版「アルマゲドン」(98)。設定があまりにも大風呂敷で科学的説得力に欠け、登場人物たちがあまりにも自分勝手で傍若無人に行動するので、すれた大人にはなかなか入り込めない世界だが、最先端の国際標準VFXを駆使した贅沢な映像はハリウッドに負けない迫力で、中国映画界の圧倒的資金力と自信満々ぶりで見る者を圧倒する。恥も外聞もデリカシーのかけらも無く、中国バンザイで突き進む豪快な宇宙規模の一帯一路精神と、超巨大な中華思想スペクタクルを嫌悪する向きも当然あるだろうが、ここは随所に突っ込みを入れながら見て楽しむのが得策だ。

最先端の国際標準VFXも見どころ
最先端の国際標準VFXも見どころ

主演はチュ・チューシャオという新人だが、主人公の父親を演じて美味しい部分を持っていくのは、「戦狼 ウルフ・オブ・ウォー」(17・Netflixで配信中)で中国の愛国的英雄となったアクションスター、ウー・ジン。さらにその父をチャウ・シンチー映画の常連だった香港の人気俳優ン・マンタが演じ、味のある芝居を見せる。国策的アフリカ侵攻バトルアクション「戦狼 ウルフ・オブ・ウォー」と続けてみると、「流転の地球」は中国のアメリカへの対抗意識が顕著に感じ取れて興味深く、面白いというよりちょっと恐くもある。しかし、中国が映像エンタテインメントの世界でも無視できないくらいに力を付けているという事実は、把握しておくべきだろう。

ウー・ジンは「戦狼 ウルフ・オブ・ウォー」にも出演
ウー・ジンは「戦狼 ウルフ・オブ・ウォー」にも出演

これまで外国映画は、配給会社によって日本人の感覚で理解できるだろうと判断された作品が厳選されて輸入されていたが、配信市場の充実によって世界中の多くの作品が、ユーザーの視界にそのままダイレクトに飛び込んでくるようになった。Netflixでは、インドや中国語圏のみならず、韓国はもちろんインドネシア、マレーシア、シンガポール、フィリピンなどアジア各国のソフトが続々と劇場に先駆けてラインナップされ、ここにきてトルコやエジプトなど中東系の作品も増えている。

配信映画は今まさに世界への窓となりつつある。

筆者紹介

江戸木純のコラム

江戸木純(えどき・じゅん)。1962年東京生まれ。映画評論家、プロデューサー。執筆の傍ら「ムトゥ 踊るマハラジャ」「ロッタちゃん はじめてのおつかい」「処刑人」など既存の配給会社が扱わない知られざる映画を配給。「王様の漢方」「丹下左膳・百万両の壺」では製作、脚本を手掛けた。著書に「龍教聖典・世界ブルース・リー宣言」などがある。「週刊現代」「VOGUE JAPAN」に連載中。

Twitter:@EdokiJun/Website:http://www.eden-entertainment.jp/

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