コラム:シネマ映画.comコラム - 第32回

2023年9月6日更新

シネマ映画.comコラム

政府から映画製作を禁じられた監督が命がけで撮影 制限下の独創的なアイディアに驚く

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政府から映画製作を禁じられながらも不屈の精神で映画を撮り続けるイランの名匠ジャファル・パナヒが監督・脚本・製作・主演を務め、自らを題材にして撮りあげた社会派サスペンス「熊は、いない」が、9月8日~10日まで公開直前プレミア配信されます。

2組のカップルが迎える想像を絶する運命を通し、イランに残る抑圧的な社会問題の現状を浮き彫りにした本作は、2022年第79回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で審査委員特別賞を受賞。様々な制約の中、巧妙な設定でパナヒ監督が撮り上げた本作の見どころを映画.com編集部が語り合いました。

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熊は、いない(2022年製作/107分/イラン ジャファル・パナヒ監督)

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<あらすじ>

パナヒ監督はトルコで偽造パスポートを使って国外逃亡しようとしている若い男女を主人公にしたドキュメンタリードラマ映画を撮影するため、イランの国境近くの小さな村からリモートで助監督レザに指示を出す。そんな中、滞在先の村では古い掟のせいで愛し合うことが許されない恋人たちをめぐるトラブルが大事件へと発展し、パナヒ監督も巻き込まれていく。


座談会参加メンバー

駒井尚文(映画.com編集長)、和田隆、ドーナッツかじり、今田カミーユ

■リアルと虚構のあいまいな境目に「どこまでが現実なの?」と、問いかけたくなる巧妙な物語

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和田 ジャファル・パナヒ監督の集大成とも言われる作品ですが、映画製作への意欲が凄いですね。


駒井 凄く面白かったですね。オープニングの長回しから痺れました! カフェのシークエンスから、最後、MacBookからカメラが飛び出しましたよね。


ドーナッツ リアルと虚構の境目を見失うような驚きのオープニングで、一気に引き込まれました。あのとき一瞬、何が起こっているのか、何が現実なのか、分かりませんでした。


今田 アメリカの大ヒット作「バービー」を見た直後にこの作品を見たので、監督の状況をはじめ、地域性、アイディア、いろんな意味で映画の多様性や面白さを改めて感じました。


和田 イランの国境近くの小さな村からリモートで現場に指示を出すという、映画的な構造が面白いですね。


駒井 セルフ・パロディみたいな設定でしたよね。映画監督が、映画を撮影する映画なんだけど、自国(イラン)からは制作を禁じられているという自身の境遇をまんま落とし込んでいるという……。


和田 トルコで偽造パスポートを使って国外逃亡しようとしている若い男女を主人公にしたドキュメンタリードラマ映画を撮影しているというのもミソですね。


ドーナッツ 限りなく現実に近い物語、という感じでした。「どこまでが現実なの?」と、常に問い続けながら見ていました。

■イランでの映画製作を禁じられているパナヒ監督の苦境を反映した設定

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駒井 それで、監督がトルコ国境に近いイラン領土からネット経由で演出をしているという凝った設定。そんで、辺境なのでパケット状態がなかなか厳しい。なんでテヘランから演出しないんだっていうね。 撮影する映画における男女カップルの事情と、監督がいる村で遭遇したある男女の結婚をめぐる困った事情が入れ子になっているのも凝ってます。


ドーナッツ そんななかで、宿の方がビデオの電源を切り忘れていて、住人たちの真意を監督が聞いてしまう……という。一気に緊張感が高まり、疑心暗鬼になりました。


今田 いろんな意味で、私たちの日常とは現実離れしていますよね。宗教的な理由からでしょうが…あの村の男ばかりの集まりや呪術的な話など、現代でもリアルなのかどうか気になりました。


駒井 「へその緒の契り」って凄いよね! 初めて聞いたわ。


和田 村では最初ほのぼのしているように見えていたのに、村の古い掟に監督が巻き込まれていって、緊迫感が増していきますね。違和感というか、なんか違うなと。


ドーナッツ 「へその緒の契り」も衝撃的でしたし、国境近くに行った次の日に、村中にその事実が知れ渡っている状況や、「嘘はついていない」と誓わされる儀式……異様でした。宿の方が、車の状態から、監督の外出を見破っていて、敏腕スパイかと(笑)。

■ドラマが生まれる国境、ホラーのように怖いリアルなムラ社会

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駒井 「国境」はドラマを生むよね。案外、簡単に超えられる国境だとドラマの宝庫になる。日本映画にはないジャンル。


和田 序盤で一度、監督が夜に国境線を踏みますが、引き返してしまうのが、とてもリアルでした。


今田 そして創作のホラーより、現実の人間社会の方が恐ろしいことがありますね……。


駒井 パナヒ監督は、2009年に逮捕されて、映画制作20年間禁止って聞きましたが、この映画で逮捕とかされないんでしょうか?


和田 本作発表後にイラン当局によって収監されてしまいました……。


駒井 そうなんですね。逮捕されるって知っていても作っちゃう人なんですね。

■命がけで映画を作るパナヒの監督魂

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ドーナッツ パナヒ監督が逮捕&収監中であるにも関わらず、ベネチア映画祭で審査員特別賞を獲得していますね。


和田 2022年7月11日に、治安関連の容疑で逮捕された他の映画監督2人について調べるため、テヘランの検察庁を訪れた時に、当局によって拘束されたとあります。


駒井 そういう話を聞くと、さっきの監督がトルコ国境を踏んで、亡命するチャンスを自ら捨てて、イランに戻るってシークエンスがめちゃめちゃ重たいですね。自国に残って作る映画だから意味があるってことなんだな。


今田 本当に命がけで映画を作っていますし、自国の社会を変えたいと思っているのでしょうね……。


駒井 しかしこの映画見て思った(笑った)のは「映画監督って、周りの人々にとって迷惑な存在でしかない」っていうモチーフですね。あの村の人々は、パナヒ監督が来なかったら、以前と変わらぬ暮らしをしていたでしょうに……。


ドーナッツ 本当にその通りですね……。パナヒ監督のそうした「映画監督であることの業」的な自己言及も含め、すさまじい覚悟を感じました。


今田 ですね…。創作意欲と表現へのエゴの強さが映画監督たらしめるという良い見本だった気がします。


和田 映画監督って、いい意味での鈍感力(天然さ)も必要なのではないかと思いました……。


駒井 そうそう。冒頭に「セルフパロディ」と言いましたが、撮影するのに他人を巻き込み、時には人々に迷惑をかけるのが映画監督。だけど、それが仕事だからしょうがない。映画を作り続けるしかないっていうね。そんで、逮捕されるし国から映画制作を禁止されるんだけど、それでも映画を撮らずにいられないというパンチドランカーみたいなのが映画監督なんだって言ってる気がしました。


和田 ちなみに、息子さんも映画を監督(「君は行く先を知らない」)してます。


ドーナッツ イラン政府から20年間の映画製作&海外渡航を禁じれているのに、それでも撮り続ける……というのは、本当に不屈の精神でもありますし、逃れられない宿命を背負っているかのようでもありますね。

■制限があるからこそ生まれた独創的なアイディアに舌を巻く!

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今田 パナヒ監督、メンタルも体力も強靭なんでしょうね。禁止や制限されることが多かったり、閉鎖的な環境だからこそ、映画の見せ方としての面白いアイディアが出てくることもあるんだなとポジティブに楽しめました。


ドーナッツ 本当にそうですね! パナヒ監督の環境と、その上での工夫があったからこそ、生まれた映画表現ですよね。


和田 2011年の「これは映画ではない」では、自宅軟禁中の生活を撮影してドキュメンタリー作品を作ってしまいましたからね。その反骨精神には感服します。


駒井 「全身映画監督」ですね。そして息子の映画「君は行く先を知らない」も、この夏公開なんですね。親子の監督作品が両方日本で同時期に公開されるって凄いですね。


ドーナッツ 「君は行く先を知らない」にも、国境が登場しますね。同時期公開ですし、両作品を鑑賞して、イランの現状について思いをめぐらせるのも、良いのではないでしょうか。


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